第544話 再び魔物を狩りに
◇再び魔物を狩りに◇
「なにやら、アントルドン子爵は焦っているようですわよ。方々に手を伸ばして情報を集め、何かを画策しているようにも思えます。ヴィロートの件で怪しまれているのですから、普通は大人しくしているはずなのですが…」
揺れる馬車の上で、まるで空に語りかけるようにメルルはそう発言した。…レポロさんの話を聞いてから一週間。メルルは見聞きした情報を彼女の母親に伝え、それを元に再度マッティホープ子爵家を彼女の家が探ることになったらしい。そして、その調査の結果わかったことをメルルは俺らに共有してくれているのだが、どうにもアントルドン子爵は白とは言い切れない行動を繰り返しているそうだ。
「ですが、ヴィロートがグレクソンの腹心という情報は得ることはできていないそうですわ。…昔、あの家に仕えていた者に接触して話を聞くことができたそうですが、ヴィロートと交流があったのはほんの一時的なもので、亡くなったグレクソン元子爵が招いたのかアントルドン現子爵が招いたのかもはっきりしないそうです」
情報は全て頭に入れているのだろう。メルルは書類の類を見ることなく、つらつらとマッティホープ子爵家について語ってゆく。だが、アレから一週間しか経っていないため十分と言えるほどの情報が出揃っている訳ではない。
そもそも、アントルドン子爵が言っていたヴィロートと交流があったのは父親のみであるとの発言を信用したのも、メルル曰くマッティホープ子爵家とヴィロートとの客観的な繋がりが殆ど残っていなかったからである。それこそ、レポロさんの発言やベル達の話したグレクソン元子爵の事故の証言で初めてマッティホープ子爵家とヴィロートが関係していた証言が得られたほどなのだ。…少なくともヴィロートとあの家の関係はおおやけの物ではなく秘された関係であったということだ。
…そうなると余計に怪しいものではある。同じ推薦人にとある男爵も名前を連ねていたが、彼は金銭を対価に推薦人となったとはっきりしている。それは彼の給与の何割かがその男爵に送金されていた記録も残っているので確かな情報だ。そのような理由の無いマッティホープ子爵家には逆に怪しさが増してしまう。
「そう言えば、確かヒュージルさんだっけ?ほら、学院でハルトが調べてた人。あの人も今週は授業で見なかったよ?何かあったんじゃない?」
メルルの言葉に続いて、ナナもヒュージルが何時もと違った行動を取っていたと俺に教えてくれる。そっちについては何か情報を知っているのかとメルルに視線を投げかけるが、メルルは把握していないと首を横に振った。
「ヒュージルさんって…確かマッティホープ子爵家のご子息さんでしたっけ…?つまり…グレクソンさんのお孫さん…?」
タルテが思い出すように首を捻れば、馬車を轢く馬が彼女の機嫌を探るように軽く首を振るう。俺は動きを乱した馬を落ち着かせるように、御者席から馬を何とか操る。馬車の操作は慣れては来たものの、完全に無意識で操れるほどの腕前ではないので中々に気を使う。
ヒュージルは以前俺が学院で調べた限りでは、変な授業を取っている程度でそこまで明確に怪しいというわけではなかった。授業を休んでいたというのも、別に珍しい話ではない。オルドダナ学院の授業は出席が絶対というわけではないので、家業の都合などで欠席する者は少なくない。現に俺らも授業を休んで馬車を走らせているのだ。
「あ、でもメイバル男爵とマッティホープ子爵の繋がりはもっと詳しく解りましたわよ。確かに今の当主であるアントルドンにはメイバル男爵家の長女であるシャリアンが嫁いでおりますが、その婚姻が二つの家を結びつけたわけではありませんわ」
「ギルド長が言ってたよね。昔はグレクソンさんがよく顔を出してたって…。それで仲良くなって婚姻の話が持ち上がったんじゃないの?」
「いえいえ。私もそう思っていたのですが、どうやらまだ秘密が隠れていたようです」
メルルの言葉にナナが尋ねかけるものの、それだけではないようでメルルは意味深な笑みを浮かべている。
「ハルトさんみたいに…あの森で生き物の調査とかをしてたんですよね…?…もしかして…その時にアントルドンさんとシャリアンさんが運命の出会いを…!?」
父親の仕事についていったら、そこで現地の少女と劇的な出会いをする。ラブロマンスを謡う物語には有りがちな設定だが、流石にそれはないだろうと俺は御者席で軽く鼻で笑ってみせる。だが、俺の思いとは裏腹に、メルルはタルテの言葉に驚愕してみせた。
「よ、よく…解りましたわね。まさかタルテに当てられるとは思いませんでしたわ。…そのまさかではありませんが、どうやら当時のアントルドン少年が猛烈にシャリアンさんにアタックしたそうです」
「そそ…そして…二人は…愛の…逃避行を…!?」
「タルテちゃん。二人とも王都にいるみたいだよ?息子さんはオルドダナ学院に通ってるね」
女性陣が妙に色めいたため、俺は堪らず鼻で笑ったことを誤魔化すように軽く咳をする。幸いにして俺の反応に気付いてはいないようで、女性陣はのめり込む様に話し込んでいる。馬だけが俺の格好付かない様子に気付いてチラリと目線を投げかけるが、興味は無いのか直ぐに正面に視線を戻した。
「残念ながらシャリアンさんが乗り気であったかは解りません。…ですが、既に当時からグレクソンさんはメイバル男爵の発展に寄与していたうえ、中央の貴族との太い繋がりはメイバル男爵が欲していたもの。話はとんとん拍子に進んだそうですわ」
「おっ…お家の為に…その身を差し出したのですか…!?そして…引き裂かれる幼馴染との恋心…!?」
「タルテちゃん。シャリアンさんが嫌がってたかは解らないよ?あと、勝手に幼馴染を登場させちゃ駄目だよ」
タルテの妄想を補完するように、メルルは一冊の冊子を取り出した。御者席に座る俺にはそれが何か解らなかったが、漏れ出てくる彼女達の言葉からそれが何か推測ができた。…どうやら、オルドダナ学院に通う者が執筆、編纂した歴代の恋の物語であるらしい。メルルはそれを借りるか書き写してきたのだろう。
そして、アントルドンとシャリアンの恋模様もその冊子には記載されているらしい。少なくとも在学中に婚約者がいた場合は記載される対象になってしまうそうで、様々な人間の恋の話に女性陣は肩を寄せ合って覗き込み、何時もより高めの声で囁きあっている。
…一体、誰が執筆しているのか…。歴代の話が纏まっているということは執筆者も代々受け継がれているのだろうか…。流石に今の女性陣の会話に混ざるほど命知らずではないが、それでも忠告をしないわけにはいかない。
「おい。そろそろメイブルトンに到着するぞ。事前情報じゃここからが一番魔物に襲われる可能性が高いんだ。直ぐに戦えるようにしといてくれよ」
俺は荷台で話し込む女性陣にそう声を掛けた。その声に応えながら、彼女達は各々の獲物をカチカチと打ち鳴らして見せた。俺らが向かう先はメイブルトン。そしてその目的の一つは女性陣の尻の下に乗せられている物資の運搬だ。今も物資の護衛中であるため、あまり話に熱中するのはいただけない。
…結局、あの森はまだ落ち着いていない。長引く魔物との戦いに、矢や傷薬の類の消耗品を王都からメイブルトンまで運ぶ依頼が俺らに寄せられたのだ。本来ならこういった突発的な物資の運搬は商人ギルドを通して駆け出しの商人などに振舞われるのだが、魔物の討伐のために再びメイブルトンに赴くついでに俺らが運搬することとなったのだ。
雑用にも思われるが、物資の運搬は信頼度が低いと任せてもらえない重要な任務であるため、飛んで行けないとしてもそこまで苦ではない。遠くに狼に似た姿の岩が聳え、着々と俺らの馬車はメイブルトンへ続く道を進んでいった。
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