第543話 父と息子。ときどき推薦人
◇父と息子。ときどき推薦人◇
「えっと…確かヴィロートはグレクソン元子爵の腹心というか…配下の方ではありませんこと?」
メルルが素朴な疑問をレポロさんに尋ねかけた。何かしらの考えがあるというより、彼が口に出した言葉に反応してつい口に出てしまったのだろう。何故その事をメルルが知っているのかと警戒されるようにも思えたが、幸いにもレポロさんは猜疑心を抱くことなく素直にメルルの質問に答えた。
「何を言いますか。グレクソン様があんな怪しい者を近くに置くわけないでしょう。あの方は本当に聡明な方で…。あの事故では本当に惜しい人を亡くしました…」
レポロさんがメルルの発言に怪しむ素振りを見出さなかったのは、メルルが的外れなことを語っていたからだろうか。さも当然といった風にレポロさんはメルルの発言を否定した。そして、事故死したグレクソン元子爵のことを偲んで悲しげな表情を浮かべた。
だが、レポロさんの発言の矛盾点にナナやタルテも気が付いたのだろう。悲しげなレポロさんの表情とは対照的に、どこか暢気そうに見える不思議そうな表情を浮かべている。
ヒュージルを王府に推薦したのはグレクソン元子爵だ。そして、ヒュージルのことを訪ねられたアントルドン現子爵は、父の推薦した人間であり自分は全く把握していないと証言しているとメルルが俺らに教えてくれたのだ。もし、レポロさんの発言が正しいのなら逆にアントルドン現子爵の発現に矛盾が生じる。では何故グレクソン元子爵が推薦人になったのかと疑問が残るが…。
「グレクソン元子爵の息子であるアントルドン現子爵ならば、推薦人に父の名を勝手に使うことも可能でしょう…。つまり、実際の推薦人はアントルドン現子爵の可能性もあります」
俺の感じた疑問に答えるように、メルルが小さくそう呟いた。レポロさんの発言は調査を進展させるような情報でもあるため、どこか彼女の表情は嬉しそうだ。母親にまたとないお土産が用意できたことだろう。
…できればレポロさんにヒュージルに関することを全て証言して貰いたい所だが、それを促すのは俺らの仕事ではない。それに未だにレポロさん…と言うかメイバル男爵家とマッティホープ子爵家の関係性がはっきりとしない。
アントルドン現子爵の奥方がメイバル男爵家の者であるため、親戚同士ではあるはずなのだが、アントルドン現子爵の名前を口に出したときのレポロさんの表情はどうにも好意的には見えなかった。…自分の使える家の姫様を奪っていった忌々しい男とでも思っているのだろうか。それぐらいならまだ平和的なのだが…。
「グレクソンの爺さんなら会ったことあるが、アントルドンの坊主はとんと見ないよな?嬢様は里帰りとかしていないのか?」
「…そもそもグレクソン様がこのメイバル男爵領に足を運んでいただけたのは、あのお方の仕事に関係しているからですよ」
マッティホープ子爵家の話題に乗っかるように、ギルド長がそう発言した。それに続くレポロさんの言葉から察するに、婚姻が結ばれる以前にメイバル男爵とマッティホープ子爵には何かしらのつながりがあったようだ。メルルはそれが何かを知っているようだが、それよりも早くレポロさんが説明をしてくれる。
「グレクソン様は王都にて農政院に在籍していたのです。それで、王都の食料事情を支えるこの領地にも何かと助言を頂いていたのですよ。研究者気質の方でしたので、何度もこの領地に足を運んでは周囲の環境についても調べていらっしゃいました」
「そういやそうだったな。…グレクソンの爺さんが森に入るときは、俺が護衛で付き添ったんだぜ?生きてれば今の森の異変にも何か助言が貰えたんだろうが…」
過去の自分の仕事を誇るように、ギルド長はベル達にそう言ってみせた。まだギルド長がギルド長ではない頃、彼は狩人としてグレクソン元子爵を森で案内していたのだろう。…農政院の人間であれば、森に入るのも納得できる。彼らは農学だけでなく魔物の生態や森林環境などの知識も備えているのだ。逆に言えばそのような知識も無ければ農業などできはしない。農業は何時だって自然との闘いなのだ。
そして、今は騒がしくてもこの領地の森は異様に平穏であったと聞いている。狩人にとっては退屈な狩場かも知れないが、環境を調べる研究者であるならばその要因を調べずにはいられないだろう。もし、その理由が他の地でも再現できるのならば、魔物の危険に晒されている土地にも役立てることができるはずなのだ。
ギルド長とレポロさんはグレクソン元子爵のことを含め、昔の街の様子を俺らに聞かせてくれる。…今となっては王都で消費される物資の一部を担っているが、昔はそうもいかなかったらしい。それをここまでにしたのはメイバル男爵の苦労とグレクソン元子爵の助力によるものだ。
「あのお爺さん…、そんな方だったんですね。その…今になって初めて知りました」
「狩人なら知ってる奴らも多かったんだが、あの頃はまだお前らも狩人じゃなかったからなぁ」
グレクソン元子爵の死に関わったからか、ベルは悲しそうな顔をしながらもレポロさんとギルド長の話を興味深げに聞いている。チックとタックはそこまで興味は無いようだが、それでも故人を偲ぶ二人を見て感慨深げな表情をしている。
だが、彼らのその表情を見てレポロさんは慌てて佇まいを直した。そして、少し恥じ入るようにして俺らに苦笑いを返した。
「いやはや、歳を取るといけませんね。どうにも油断すると昔話に花を咲かせてしまいます。お若い方々の活躍を称えに来たというのに、これはいけませんね」
ギルド長とレポロさんは昔なじみなのだろうか。二人を見る限り気兼ねない間柄であることは間違いないようで、つい話し込んでしまったのだろう。それを責めるつもりにはなれないので、俺らもレポロさんの言葉に笑みで返す。
「…ねぇ。メルル。一応燃やし終わったから水を掛けてもらえないかな。火は消したけど熾火が残ってるといけないし…」
そして会話に水を差すように、平行して死体を燃やしていたナナが水を差してくれとメルルに声を掛けた。既に
それを感じ取ったのかレポロさんも慌てて懐から懐中時計を取り出して時間を確認した。レポロさん自身が言っていたように、メイバル男爵も防衛のために色々と動いていたのだ。レポロさんも忙しい時間を縫って俺らの元を訪れたのだろう。
「そ、それでは私はこれにて失礼致しますね。皆様、今後とも是非にメイバル男爵領をよろしくお願いします」
最後に俺ら一人ひとりと握手をして、レポロさんは慌ただしく去っていった。…ヴィロートのことについて警戒されはしたものの、別れ際の対応を見る限り疑いは晴れたようにも思える。それまでの会話を整理するように、余裕を取り戻したメルルは水を撒きながら俯くように考えを巡らせていた。
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