第541話 禁止ワードは唐突に
◇禁止ワードは唐突に◇
「そ、そう言えば覚えているような気もします…。ご、ごめんなさい。あまりはっきりとは…。あの頃は話を聞いてきた方々が沢山居ましたので…」
ベルは一応は思い出したようだが、どうにもはっきりと思い出したというわけではないようだ。それでもチックやタックもレポロさんの顔付きに覚えがあるようで、どこか納得したように頷いている。四年も前でしかも幼かった彼らが立て続けに大人たちに事情聴取をされたのだ。その内の一人に過ぎないのなら記憶が薄いのも無理は無いだろう。ヴィロートは彼の態度に三人が恐怖や怒りを覚えたために記憶に残ったのだろう。
曖昧な態度で答えたベル達だが、それでもレポロさんは気を悪くすることは無い。彼も覚えていてもらえているとは思っていなかったのだろう。改めてベル達三人に覚えてもらう、更には俺らにもしっかりと知ってもらうためにレポロさんは恭しく頭を下げて自己紹介をした。簡単な動作ながらも洗練された動きにベル達もぎこちなく挨拶を返した。
続いて俺らもレポロさんに自己紹介を返す。俺らが王都を拠点にしている狩人だと語れば、ギルド長が拠点をメイブルスの街に移さないかと提案してくる。それを提案したギルド長は本気ではないのだろうが、レポロさんは少しばかり本気の混じった目で是非にと後押しをする。だが、王都に拠点を置いているのもオルドダナ学院に通うための一時的なものだと言えば素直に引き下がった。卒業後の行き先は決めてはいないが、この街を拠点にするには狩場が少しばかり物足りないだろう。
「いやはや残念ですね。腕の立つ魔法使いが街に居てくだされば安心なのですが…」
「おい、レポロ。そいつは心配のしすぎだろう。森の異変の原因を突き止めれば、直ぐにでもこの騒ぎは収束するはずだ。今回みたいに街が襲われるのだってそうあることじゃない」
魔物の襲撃を恐れているのか、あるいは為政者に携わる者だからかレポロさんは俺らに町に常駐していてもらいたいらしい。だが、ギルド長は彼を安心させるように、あるいは自分達の使命を確認するようにそう呟いた。
もともとこの街は魔物の襲撃に対する防衛訓練を十分に積んでいないほど平穏な街なのだ。今回の
「皆さん…、直ぐに王都に戻っちゃうんですね。もっと教えて頂けると嬉しいのですが…」
「魔法の訓練方法は伝えましたわ。肉体的な訓練とは違いますから私が逐一監視する必要はありませんの。あとは自己の研鑽あるのみです」
俺らが王都に戻ることを渋るのはベル達も一緒だ。特にベルは初めて闇魔法で戦う人間に出会ったようで、もっとメルルに師事したいようである。だが、メルルは問題ないと彼女を励ますように声を掛けた。
剣術などの肉体的な要素を含む訓練では、変な癖が付かないように素振りすら自主練習を許さない流派だって存在するが、魔法は何時だって自己の内面との向き合うことが強要される。他人に教わることや知識を得ることで大きな成長になることも事実だが、結局は自分で自分だけの道を見出す必要があるのだ。むしろ、自分の魂に染み付いた癖を見出すことが何よりも魔法を強固な物へと変えることとなる。
「チックさんとタックさんもそうですよ…!切欠を覚えれば後は鉄を打つように鍛えるだけです…!」
「ああ。このまま身体強化を覚えてみせるぜ。…鉄を打って鍛えればいいんだな。モックの爺さんに手伝わせてもらえねぇか頼み込んでみるか…」
「チック。鉄を打つのは比喩の話。だと思う」
「比喩…?鉄があるなら実際に叩いてもらったほうが…。あっ…!?平地人の方にいきなり鉄は難しいですもんね…!始めは…そうですね…樹から始めるといいと思います…!」
タルテもチックとタックに問題ないと告げる。話が妙に食い違っている気もするが、身体強化も感覚的な要素の強い技能であるため自己鍛錬が必須なのだろう。タルテの掲げた握りこぶしに応えるように、チックとタックも彼女に自身の拳をアピールするように示してみせた。
「明日にでも王都に戻られるとなると、晩餐のお誘いは却ってご迷惑になりそうですね。我が主も是非にと申しておりましたが…ご迷惑をお掛けするのは本意ではありません。ギルドでの依頼のほうはどうなっているのでしょうか?」
「彼らの依頼は森の魔物の間引き…。だが、緊急事態における依頼中断による無効処理が施されているから…
ギルド長がこめかみを指で叩きながら事務的な手続き内容を一つずつ思い出すようにそう語った。
俺らが飛んで帰るとは思っていないため、明日の朝一番で王都に戻ると思われているのだろう。そして今晩は流石にメイバル男爵も晩餐の準備が出来ていないはずだ。つまり残念ながらメイバル男爵とご挨拶するには互いの予定が合わないのだ。
予定が合わないのならば仕方が無い。そちらの誠意は十分に伝わりましたよ。言葉にせずともそういった空気がレポロさんと俺らの間に流れる。そしてそのままこの会話はお開きになるという直前、これまでの空気を打ち崩すようにチックがぼそりと呟いた。
「そう言えば…ハルトさん達ってヴィロートって人のこと聞きたがってたよな?レポロさんなら知ってるんじゃないの?」
俺らはレポロさんの前でヴィロートについて語るつもりは無かった。調べるにしても彼に気取られること無くそれとなく聞いたはずだ。だが、そんな思惑を知らないチックが口に出してしまったのだ。これは彼に口止めをしていなかった俺らの落ち度とも言えよう。
「…なぜその者の名前を?」
今までにこやかに佇んでいたレポロさんの空気が変わる。微笑むような笑顔を崩してはいないものの、どこか刺すような空気を身に纏ったのだ。その変化に驚いたのは俺らだけではない。むしろ内情を知らぬチックのほうが目を白黒させながら一歩後ろに引き下がった。そして、何か不味いことを言ってしまったのかと縋るように俺に視線を向けてきた。
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