第540話 誰しも魔法に憧れる

◇誰しも魔法に憧れる◇


「もちろん存じておりますわ。メイブル男爵もこの騒動を把握していらっしゃるのでしょうか?」


 メルルが作ったような笑顔でギルド長に答える。俺らにはメルルのその笑顔から滲み出る胡散臭さを感知することができるが、生憎と初対面であるレポロさんには見抜けなかったようだ。彼は快く答えたメルルに心象を良くしたのかにこやかに微笑を返している。


 感情が表に出やすいナナは無表情に徹しようと硬直している。それが急に無口になったようで逆に怪しいが、人見知りするタイプの反応に見えなくも無い。レポロさんは特に怪しむことなく俺らに対して恭しくお辞儀をした。


「ええ、もちろんですとも。こちらのギルド長から連絡があってから、こちらも街を守る準備をしていたわけです。…もっともその必要は無かったようですが…」


「全て狩人で方を付けると言っても、万が一を考えなくちゃならねぇしな。今回は無理言って控えててもらってたんだよ」


「合同で動く準備も十分とは言えないので男爵様は狩人に任せるご判断をされましたが、それでも心配性のお方ですので色々と手を回していたのですよ」


 今回は狩人に街に危険を招いた要因があったため、ギルドの面子を守るために狩人達が矢面に立ったが、本来ならば街の危険には衛兵や騎士団などと強調して動くものだ。狩人だけに任せてもらえるようにギルド長が事前に話を通したのだろう。


 もちろんギルド長や領主ともなれば面子ばかりを心配してはいられない。最も優先されるのは街の安全なのだ。だが、下手に共同で動くよりはまずは狩人だけで動いたほうが動きやすいと判断したのだろう。


「…防衛の訓練をしていなかったのですか?」


 だが、俺は何気なくレポロさんが呟いた言葉が気に掛かった。街と森がこんなにも近くにあって衛兵と狩人が合同で動く訓練をしていないほうが珍しい。場所によっては日課のようにこなされていてもおかしくないのだ。


「おっと…。これは恥ずかしいところを指摘されてしまいましたね。言い訳にはなりますが、魔物の群が街に迫るのは何分初めてのことでして…」


 俺の言葉にレポロさんは恐縮するように困り顔を浮かべながらそう答えた。…ベル達から聞いてはいたが、この街の周囲の森は本当に静かな環境であったらしい。考えようによってはこれまでが異常だったのだ。レポロさんの言葉にメルルやナナも不可解そうな顔を浮かべている。


「それに狩人もお前さん達を含めて余所者が大量に居ただろ?それもあってまずは狩人だけで動くことになったんだ。下手に足並みが乱れちゃ余計な被害も生んじまう。…それに、正直この街の衛兵は荒事に慣れていないしな…」


「…彼らは街の治安維持に活躍してくれましたよ。街の方々も魔物の襲来なんて初めての事ですから、随分と混乱していまして…」


 あまり外から来た狩人に聞かれたくない話なのか、ギルド長は言い訳を呟くようにそう言ってみせた。襲撃に慣れていないのは安全な街の証左ではあるが、戦う者の長としては街の弱点を晒すようで居心地はよくないのだろう。


 襲撃を乗り越えた狩人達が妙に機嫌が良かったのも、慣れない防衛をこなしてみせることができて、テンションが上がっていたのかもしれない。


「因みに…襲撃に慣れていないのは男爵様も同様でして…。そこに早々に防衛完了の知らせが届いたわけです。何があったかと確認してみれば、魔法使いが大魔法で一気に魔物を片付けたと…」


 既に恥ずかしいところを聞かれてしまったからか、レポロさんは一思いに内情を語ってみせた。要するに男爵は降って沸いた幸運の立役者に随分と気を良くし、同時に興味を引かれたのだろう。もちろん、レポロさんがここまでやって来たのは信頼できる部下に現場の状況を確認してきて欲しかったというのもあるのだろうが、こうして俺らに挨拶をしに来てくれているため、その考えもあながち間違いではないはずだ。


「あの魔法は街からでも見えたらしいからな。街の奴らも興味津々なんだよ…。この規模の街じゃ魔法使いなんて数えるほどしか居ないうえ、あんたら程の腕前となると王都に行っちまうしな」


「ええ、恥ずかしながら私もあんな大きな魔法を使う魔法使いがいらしていると聞いて、年甲斐もなく浮き足立ってしまいました。それも私のような老成した魔法使いではなく、お若い魔法使いというものですから…」


 平穏な森が主要な狩場のこの街では、派手な魔法…つまりは戦闘に適した魔法を使う者は力を持て余してしまうのだろう。だからこそ、この街の住人は大規模な魔法を初めて見ることとなったのだ。ギルド長はこの規模の街とメイブルトンを卑下するように言って見せたが、魔法に興奮するとなるとそれこそ小さな農村のようだ。


「おや?そちらに居るのは我が街の魔法使い様ではありませんか。確か…ベルさんでしたよね?いえ、決してベルさんが力不足と言っているのではありませんよ」


「へ?…私のことを知ってるんですか?」


 レポロさんが若い魔法使いである俺らの顔を覚えようと見渡していると、その視線が俺らの後ろに控えていたベル達にも向いた。そしてベルの顔を見て、慌てて彼女に声を掛けた。その言葉は皮肉などではなく、本心でそう思っているようであった。


 一方、ベルも自身とメルルの力量差は理解しているため、彼の言葉には気を悪くはしていなかった。むしろレポロさんが自分のことを知っていることに驚きの言葉を吐いた。


「もちろん存じております。魔法使いは貴重な人材ですので、男爵様も気を回しているのですよ。…それに、ベルさんは覚えていないかもしれませんが、一度私はお会いしておりますので…」


「ああ、アレか。確かベルはあの事件の発見者だったしな。そんときの聞き取りで会ったんだろ?…ほら、ベル。四年前の事件のやつだよ」


 レポロさんはまるで孫を見るような目でベルを見ながら微笑む。そしてベルだけでなくチックとタックにも目を向け会った事があると呟いた。魔法使いであるベルに目を付けているのはギルド長も同じようで、自慢するように彼女の頭を撫でながら、いつレポロさんと彼女が会ったのかを告げる。


 その言葉を聞いて、ベル達三人も何かを思い出したように軽く驚いてみせた。四年前の事件といえば、彼らから聞いたグレクソン・マッティホープの事件の事だろう。確かにメイバル男爵も巻き込んだ事件であるため家令であるレポロさんと会っていてもおかしくはない。不意に出てきた四年前の話題に、メルルの作り笑顔が少しばかりヒクついた。


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