第539話 お片づけまでが狩りの時間

◇お片づけまでが狩りの時間◇


「おぅい!こっちも運ぶぞ!そっちは生焼けだから臭いに気をつけろ!あんまりちんたらしてると日が暮れちまうぜ!」


 可哀相な獣ピティワームの刺激臭が消え去り、周囲には焦げ臭い戦火の香りが漂っている。メルルの魔法とそれを利用したナナの魔法。そして残りを殲滅するような狩人達の猛攻によって、全ての可哀相な獣ピティワームは死体へと姿を変えてしまっている。


 勝ち鬨の声もほどほどに、狩人達は後片付けをするために門を潜って街の外に乗り出している。可哀相な獣ピティワームとの激戦があったばかりであるため、念のために見張りの人間は置いているものの、周囲は戦闘が嘘であったかのように静かなものだ。


「駄目だなこりゃ。この辺は灰になっちまって運ぶに運べねぇよ。厩の婆さんにレーキを借りてくるか?」


「ああ、その辺はギルド長が風で吹き飛ばすとよ。まずはこの炭になったのを森に運んじまおう」


 死体と言っても大半は炭や灰の類だ。可哀相な獣ピティワームは骨も無いため、今となっては巨大な灰と炭の山に変貌しているのだ。それを狩人達が手頃なサイズに砕いては、馬車に乗せて森の中へと廃棄しているのだ。


「生焼けはちゃんと別にしとけよ。あとで匂いが漏れないように焼き直すとさ」


「あの火魔法を使った魔法使いがやるのか?魔物が押し寄せてくるって聞いたときにはどうなることかと思ったが、あんな魔法使いが居たとは運がよかったな」


「俺なんか今夜は帰れないと言って出てきてるんだぜ?まさか日が落ちる前に終わるとは…。帰っても晩飯は無いだろうな」


「片付けを終わらせれば飲みに行く時間だって取れるだろ。さっさと終わらせちまおうぜ」


 気楽な様子で狩人達は和気藹々と片付けに勤しんでいる。十数頭の可哀相な獣ピティワームの巨体を片付けるとなれば中々の重労働ではあるが、ナナが燃やしてくれたお陰でそれも楽なものだ。もし原型が残るように倒したのなら、その巨体の解体に匂いの処理にも手を割く必要があったのだ。


 燃えてもろくなった遺体ならば素手で砕くこともできるし、細やかな灰や炭は風で吹き飛ばせる。だからこそ、瞬く間に門の前の道は開通した。そして、その頃になると興味が引かれたのか街の人間が顔を出し始め、彼らも物のついでだと片づけを手伝い始めた。


 灰は農家のおっさんが畑に撒くから分けて欲しいだとか、炭は竈に使えないのかと街の一般人が加わったことで更に騒がしくなった。


「ほら、ナナ。生焼けが溜まってきましたわよ。臭いを抑えるのも大変なのですから一旦焼いてくださいまし」


「えぇ?また焼くの?…そろそろ辛くなってきたんだけど…」


 狩人が集めてきた生焼け肉をタルテが掘った穴に投棄し、それに残った刺激臭をメルルが低減しつつもナナが適時追い焼きしている。臭いを消し飛ばすために俺の風を吹かせてもいいのだが、俺は灰を掃き掃除するのに忙しい。


 メルルもナナも大規模な魔法を行使した後であるため、連続して魔法を使うのが随分と辛そうである。二人とも愚痴とも悲鳴ともつかない言葉を呟きながら、淡々と処理をしてゆく。ついでにナナにいたっては作業をする一般人からも視線を注がれているため、随分と居心地が悪そうだ。


 空さえも緋色に染めたナナの魔法は街に居た人間からも目撃されていたのだ。そしてあれは何だったのだと彼らが狩人に尋ねれば、狩人達はあそこの火魔法使いの魔法だとナナを遠巻きに紹介しているのだ。その視線はナナが求めていた尊敬の眼差しに近いのかもしれないが、厳密には好奇の視線といったほうが正しいだろう。


「ナナさん。つ、次の分も運んできました!えっと火の中に入れてもよろしいでしょうか!」


「もう生焼けは殆ど無い…です。凄い火魔法だったです」


「…うん。丁度燃やしてるから放り込んじゃって大丈夫だよ」


 肝心のベル達三人は、ナナの火魔法を間近で見たことで畏怖の念が混じった視線を彼女に向けている。それもまた、尊敬の視線とは似ているようで別物だ。なんでこんな風になってしまったのだとナナの心の内の悩みが言葉にせずとも俺には聞こえてきた。


「あ、メルルさん。魔法は大丈夫ですか?私もお手伝いしますよ。…運搬作業はチックとタックがやる気になってますので、私はこっちに来ても大丈夫そうです」


「おお。力仕事は任せてくれよ。…これも身体強化のための訓練だ!」


「そうです…!その意気です!…もっと筋肉に語りかけて下さい…!」


 幸いにして畏怖の念はメルルには向いていないようで、ベルは辛そうにするメルルを手伝うと言いながら彼女に身を寄せた。メルルは軽く嬉しそうな表情を浮かべると、魔法の制御の一部をベルに委ねてみせた。


 燃え残りを運ぶチックとタックはどうやら身体強化の訓練として捉えることでやる気になっているようだ。その二人の意気込みを見てタルテが笑顔で応援する。言っていることは意味不明だがどこか二人には通じるものがあったのか、何故か彼らは力強く頷いてみせた。


「お、妖精の首飾りの皆さん悪いなぁ!…もう少し控えめでもよかったと思うが…まさかこんな簡単に始末が付くと思ってなかったわい!」


 ベル達三人に続いて、今度はギルド長が顔を出した。彼は大規模な魔法に苦言を呈したものの、俺らを労うように笑顔でそう言ってみせた。…相変わらず上半身裸だが、今更それに突っ込む者はいない。というか、ベル達が普段どおりの顔を浮かべているのを見る限り、もしかしたらこれが彼なりのフォーマルな格好なのかもしれない。


「…この者から聞いておりましたが、本当にお若いのですね。私は年嵩の魔法使い殿がいらしていると思っていましたよ」


 そう声を発したのは、ギルド長の後ろに居た老人だ。彼はギルド長と違って一般人にも理解がありそうなフォーマルな格好をしている。むしろ、戦場跡であるこの場においては少しばかり不釣合いな格好だ。


「あんたらに是非お礼が言いたいと言うから案内したんだよ。この爺さんはメイブル男爵のとこで家令をしてるレポロって爺さんだ。…メイブル男爵は知ってるよな?この街の面倒を見てる家なんだが…」


 どうやらその初老の男性は、メイブル男爵家で働いているらしい。それも、家令ともなれば使用人の筆頭とも言っていいだろう。彼を紹介するギルド長を見る限り、随分と気安い関係のように見えるが、俺らは内心で警戒するように気を引き締めた。


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