第538話 燃えてしまえ!

◇燃えてしまえ!◇


「いいですね…!なかなか筋がいいですよ…!もっと筋肉の声を聞いてください…!」


 タルテがチックとタックの身体強化の習得を後押ししようと彼らの背中に触れて魔力を流すが、むず痒いような感触に思わず二人はが身を捩る。だがタルテが褒めるように応援すると、煽てられるように二人は躍起になって可哀相な獣ピティワームに向かって投石を続けた。


 女の子に触れられ褒められ応援されるという状況に、少しばかり彼らの鼻の下が伸びる。それを咎めるようにベルの冷たい視線が彼らに向けられるが、そんな視線に気付くことなく二人は身体強化の習得に熱中している。


 ベルも二人の様子を多少意識しただけで、直ぐに自分の闇魔法の構築へと集中してゆく。その傍らでメルルが彼女の闇魔法の構築を、タルテがチックとタックにしているように手取り足取り教えている。


「なんか、あれだね。メルルとタルテちゃんだけちょっとずるいよね」


「…まぁ、俺の場合、この状況じゃ風魔法の見せ場は無いから教えることが無いんだけどな」


「だったら私の魔法を手伝ってよ。風が味方につけば全部焼き払えるでしょう?」


 仲良く魔法教室に勤しむメルルとタルテを無視するように、俺とナナは尚も街へ向かって集まってくる可哀相な獣ピティワームに目を向ける。そしてナナの言葉に示し合わせるように俺は手元に渦巻く風を顕現する。


「おい!頼むから何か仕掛ける前には教えてくれ!他の狩人が怯えちまうよ!」


 ナナを手伝おうと風魔法を構築し始めたため、俺らを守っていた風の防御壁が甘くなる。その隙を突いてギルド長からの悲鳴にも似た攻撃が俺らに向かって飛んできた。チラリと門の反対側に目を向ければ、そこでは可哀相な獣ピティワームに向かって上半身裸で弓を引き絞りながらも、器用にこちらに向かって怒声を飛ばすギルド長が佇んでいた。彼はようやく俺の防壁を抜いて声を届けられたことに得意気な表情を浮かべている。


 あまりの暑苦しい佇まいに、俺は軽く手を上げて了承の意を示した。それを見てギルド長は安心したのか、視線を可哀相な獣ピティワームに戻して思う存分剛弓を打ち込んでゆく。…いつぞやのエルフのように、弓に風魔法は込めていない。身体強化と鍛え上げた背筋により頑強な弓を引き絞り、他の物より数倍は威力のある矢を打ち込んでいる。


 …筋肉に頼らずに風魔法で後押ししろよとも言いたくなるが、あのエルフやイブキがやっているような矢玉の制御には繊細な魔法が必要なのだ。あのギルド長は緻密な風魔法を使うよりも、緻密な筋肉を用いる術を極めたのだろう。


「どうしたの?何か今、ギルド長から声が飛んでこなかった?」


「ああ、魔法を使う前には教えてくれだと。俺が風で伝えとくよ」


 ギルド長の声は完全ではないとはいえナナにも届いたらしい。ナナは聞き返すようにギルド長の声を俺に確認したが、俺は問題ないと彼女に伝えた。それを聞いてナナは思う存分、楽しむように魔法を構築し始める。俺がギルド長に連絡を入れると、すぐさまナナは構築していた魔法を可哀相な獣ピティワームに放ってみせた。


「緋色は全てを染め上げて、緋色は貴方の色を奪う。色付くことで色を失い、何よりも強き緋色を放つ。…私の人生は灰になるためだけにあった。火は緋より出でて緋より熱しバーン・ベビ・バーン


 メルルの闇魔法によって歪んでしまった世界の副産物と言うべきか、可哀相な獣ピティワームの周囲には多量の魔力が漂っている。それどころか、死んだ可哀相な獣ピティワームからも宿っていた魔力が漏れ出し、一帯には異様に魔力が濃くなっているのだ。


 そして、闇魔法が消失を司るように火魔法にも司るものが存在する。火魔法が司るのは変質。風や水、土には無い燃え移るという火の特性、それは他の物に火を伝播させ終いには灰へと変質させてしまう。だからこそ、火魔法使いの手に掛かれば何物でもない魔力は容易く火へと誘うことができる。


 まるで可燃性のガスが充満していたかのように、瞬く間に一帯が緋色の炎に包まれた。その炎はメイブルトンの町並みを煌々と照らし、大量の火の粉を巻き上げた。少し早い夕暮れを告げるように空さえも緋色に染めて、ナナの炎は戦場を飲み込んだ。


「…風で押さえ込むぞ。このままじゃ森に引火する。…手伝うって押し留める方向にかよ…」


「えへへ、よろしく。大丈夫だよ直ぐに燃え尽きる筈だから。メルルの魔法を利用させてもらったけど…思いのほか火が大きくなっちゃったね」


「なっちゃったねって…。少しは俺にもましな仕事が欲しかったんだが…」


 てっきり、風で炎を大きくして欲しいのかと思ったが、どうやらナナが頼んだのは思いっきり放った火魔法の後始末であったらしい。俺は可哀相な獣ピティワームの群を覆うように風の壁を作り出し、余計な延焼が起きないようにナナの火を操った。


 それでも一定の範囲に火が閉じ込められたことで、より密度の濃い炎が可哀相な獣ピティワーム達を炙ってゆく。炎にその巨体は完全に隠れてしまったものの、苦しそうに身悶えている奴らの影が炎のスクリーンに映し出されていた。


「おおい…!大丈夫なのか!?おまッ!?街と森の直ぐ脇なんだぞ!?」


「大丈夫です。火の粉もすべて問題の無い方向に押しとどめてますんで」


 その炎を見詰めているとギルド長の怒声が俺に飛んでくる。彼も延焼を恐れているようで、街を守るように風の結界を構築し始めている。彼には俺の風魔法を感じ取ることができるはずなので、延焼の心配はないと解っている筈なのだが、それ以上にナナの火魔法の威力に恐れを抱いているのだろう。


 他の狩人の仕事を奪うような大規模な魔法であったが、むしろ他の狩人は巨大な炎を見てテンションを上げている。その歓声すらも火を高める焚き木となればいいと言いたげに、炎を見ながら声をあげ、武器を振って炎による殲滅を歓迎していた。そして彼らの指笛が高らかに響いたあと、ナナの炎は霧散するように一気に消失した。そこに残っていたのは炭化どころか灰へと身を燃やされた可哀相な獣ピティワーム達だ。


「ナナ、やりすぎですわ。せっかく闇魔法を教えていましたのに」


「身体強化は…後でもう少し見てあげますね…!大丈夫です…!敵が居なくても訓練はできますから…!」


 離れていても熱を感じる程の炎に灰へと変わってしまった可哀相な獣ピティワーム。その光景にベルやチック、タックは言葉を失っていた。しかし、呆然としているのは経験の少ない彼らぐらいで、経験のある他の狩人達は再びの歓声を上げて、僅かに燃え残った可哀相な獣ピティワームに弓を打ち込んでゆく。


 残った可哀相な獣ピティワームが居るといえども、その鎧にもなっていた棘は焼け落ち、焼け爛れた皮膚を晒しているのだ。狩人達の矢は簡単にその肉を貫き、残った可哀相な獣ピティワームも一頭、また一頭と仕留めていっていった。


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