第537話 夜は短し爆ぜよ世界
◇夜は短し爆ぜよ世界◇
「さぁ!見なさいベル。これが闇の齎す破壊の力ですわ!」
黒く輝く闇の雫が空から落下していくのを皆がら、メルルが誇るようにそう言い放ってみせる。そして触媒となる自身の血液を捧げるように撒き散らして見せた。彼女の撒いた血は、まるでその存在が掻き消えるかのごとく薄くなり、終いにはこの世から消失する。そしてそれにともない彼女の闇魔法が完成した。
魔法使いではないチックやタックにはメルルの魔法が黒い玉を作り出したようにしか見えないため、不思議そうな表情を浮かべているが、メルルと同じ闇魔法使いであるベルにとってはその黒い玉が得体の知れないものだと感じているのだろう。彼女は恐れをなした表情で魔法の行く末を見守っている。
…この世界は数多の魂の集まりであり、それぞれの魂がそれぞれの存在を顕現することで物質世界を構築している。かつてナナの用いた紅蓮の鳥は、その根源を弄るような魔法だ。あの魔法は物質に宿る魂に自身は燃えていると誤認させることで発火させるというものだ。そして、メルルの発動した闇魔法もそれに似た魔法なのだ。
「総員!対衝撃体勢!誰だ!?あんな魔法を使ったのは!あれは…破壊の黒球だぞ!?」
「メ…メルルさん…!ギルド長が怒ってますよ…!?」
「構いませんわ!手加減するなと注文された覚えはありませんもの!」
メルルの魔法を見たことがあるのだろう。上半身裸のおっさんであるギルド長が他の狩人に周知させるように声を張り上げた。その声が響く中、メルルの発動した黒い玉はやけにゆっくりとした速度で
闇魔法は低減、停滞…そして消失を司る。高位の魔法ゆえに、彼女の魔法が影響できるのはほんの僅かな小指の先のほどの物体だけだろう。その対象となったのは宙に舞う塵か、あるいは戦場を流れる一握りの風か…。だが確実に何かはメルルの闇魔法に飲まれ、世界の顕現という根本たる箇所を消失させられた。
「眩しッ…くない?でも、なんで闇魔法が光って!?」
物質の消失に伴い反射光すらもその消失に飲み込まれ、黒い玉が弾けると同時に黒く瞬いた。まるで黒い光を放ったような状況に、ベルが思わず口を開いた。だが、その驚愕も一瞬のものだ。次の瞬間には驚きを塗り替えるような衝撃が彼女を襲った。
爆縮。世界が消失したことにより、それが僅かであっても空間的な真空が出現してことで、周囲の空間がそこを押しつぶすように瞬間的に押し寄せた。そして、その衝撃は世界を揺らし物理的な衝撃とは違う不可解な衝撃波が一帯に伝播する。
「おお、すっげ。今の魔法で五体は持ってったぞ。この街の魔法使いじゃないよな?」
「闇魔法使いはベルちゃんだけだろ。どうせ王都の魔法使いじゃないか?この周りに気を使わないで魔法をぶっ放す感じ、どことなく王都の奴って感じがするわ」
狩人達は問題ない。その界振は身体を不可解に揺らしただけで軽口を叩く余裕もある。だが、その爆心地に程近い箇所に居た
「凄い…。こ、これが闇魔法の高みなんですね!」
「このような魔法、使えるようになって漸く中流といったところですわ。…いえ、一応は上級に類しています。…少し頑張りましたわ」
爆風などの衝撃が齎す破壊とはまた違う。局所的な空間の断裂がそこらかしこで起こり、彼らの肉体を粒子、断片、ミンチに変えてしまった。それこそ、まるで彼らの肉体そのものが爆ぜたかのように霧散したのだ。その不可解な破壊にベルはメルルに尊敬の眼差しを向けた。
彼女の期待に適当な説明をするわけにはいかず、メルルは今の魔法について彼女に説明し始めた。儀式的な措置をいくつか無視していたため、無茶とは言わないがかなり疲労しているはずだ。メルルにとってベルへの説明の時間はいい休憩となるだろう。
「…おい。誰か風魔法使いは居ないのか?居れば丁寧に教えてやるぞ」
「火魔法使いでもいいよ?できれば発展途上の新米魔法使いがいいんだけれども…」
尊敬の眼差しを受けるメルルが羨ましくなって、俺とナナはチックとタックに丁度いい魔法使いは居ないのかと詰め寄った。
「いや、そんな都合のいい魔法使いは…。あ、確かギルド長は風魔法使いって聞いてますけど」
「…あの上半身裸のオッサンに教えることなんて無いだろ。そもそも何で戦場で服脱いでるんだ?誰か常識教えてこいよ」
「流石に居ないかぁ…。…二人が魔法使いだったら丁度良かったんだけれど」
残念ながら手頃な魔法使いは居ないようだ。先ほどから拡声して号令を掛けているため、風魔法を使うことは解っていたが、流石にあのオッサンに魔法の手ほどきをするつもりもないし、必要もないだろう。さっきからこっちに向かって文句を風で器用に飛ばして来ているのだ。
もちろん、シャットアウトしているが、向こうもそれを察知してあの手この手で俺の風を突破しようとしてきている。今、常人には見ることができないが空中には俺とオッサンの詰め将棋のような風の取り合いが発生しているのだ。
「そんなの…俺らだって使えるなら使いたいですよ」
「残念ながら僕ら二人には魔法の素質は無かったみたい」
「?…生き物なら…身体強化の光魔法なら使えるようになるはずですよ…?」
ナナの言葉に魔法をうらやむようにチックとタックが呟くが、今度はその言葉にタルテが答えた。そしてこれが身体強化の成せる業だと示すように、握り拳大の石を
「その…勘違いしている人も多いんですが…身体強化の才能は光魔法の素質にそこまで左右されません…。それどころか訓練でどんどん高まるので…中には光魔法使い以上の身体強化を使う人だって居るんですよ…?」
「お、俺らも魔法が使えるってこと!?その…筋肉が凄いことになる魔法なんだよな!?」
「筋肉も凄いことになりますし…錬度によっては自己治癒力も向上します…。ほら…この石を握ってください…。まずは投げるときに動く筋肉を意識することが重要です…」
俺とナナを置いてけぼりにして、タルテの身体強化講座にチックとタックが取られてしまった。俺とナナは二人で目線を合わせると、そのまま無言で
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