第535話 人も獲物なれば
◇人も獲物なれば◇
「ハルト。依頼が張り出されたよ。内容は街の防衛とそれに伴う混乱への対処。…依頼料は大した事ないけど、評価値はモリモリだね」
ナナが依頼の張り出された掲示板を端目に見ながらそう声を掛けた。そしてその内容を周知するためか受付の男が現状を知らせるようにギルド内に声を響き渡らせた。既に俺が提案したように朱色の狼煙が街に焚かれ、緊急時を知らせるように警鐘も鳴り響いている。
朱色の狼煙は街に危険が迫っていることを知らせるもので、それを見た狩人は狩場を離れて街へと続々と戻ってきている。そのため、アイドルタイムではガランとしていたギルド内は、既に帰還した狩人によって賑わっていた。
何が起きているかは既に狩人同士であれこれと推測するような会話が成されていたが、ギルドからの発表で彼らは何が起きているかを正確に把握することとなった。…半数以上の狩人は
「オクロさんはタルテが強制的に寝かしましたわ。まったく…。血が足りないのに防衛に参加するつもりだったようです」
「まぁ…、自分達のせいで引き寄せたってなっちゃ、優雅に休憩できるほど図太い神経はしていないんだろうよ」
今回の悲劇はこれまで確認されていなかった土地に
それに加えて純粋に責任感に背中を押されたのか、オクロとキャリバーは再び剣を取った。だが、その決意もむなしくタルテによって止められたのだろう。泥濘たる眠りは休息を司る闇魔法の領分ではあるのだが、光魔法を使うタルテにも七秒で人を寝かしつける必殺技があるのだ。あの魔法に掛かれば脳に向かう血流がシャットアウトされ、人は容易く意識をブラックアウトさせることとなる。
「妖精の首飾りの皆さんには是非参加していただきたいのですが…、もちろん参加してもらえますよね?…断ればギルド長まで出てきますけど…」
「ギルド長ってあのオッサンだろ。さっき強引に握手してきたよ。まるで俺らの参加が当たり前のような態度だったが…。…いや、もちろん参加するつもりだけど…」
俺らが既に無傷での
だが、受付の男も俺らを逃がしはしないと言いたげに受注書を俺らに突き出してくる。内容自体は普通…むしろ破格に近い内容ではあるため、俺は素直にサインを書き込んだ。もちろん、サインを書き込むのは俺らだけではない。帰還してきていた狩人達もその受注書に次々とサインを書き込んでいった。
各々が武器を手に取り、その状態を確認してから街門へと向かってゆく。汗と手入れ油、僅かな金属の香りが、これから戦いが始まることを嫌でも予期させた。俺らもその流れに乗るように街の入り口へと向かう。
「…街も途端に物々しくなりましたね…。来たときとは雰囲気が違います…」
「警鐘に狼煙…それに顔の険しい狩人が往来を行き来しているんだ。そんな空気にもなるだろう」
「でも騒がしくて人通りがあるだけまだましだよ。なんだかんだ言って、街の人たちもメイブルトンの堅牢さを知ってるのかもね」
戦いの気配は街の住人にも伝播し、まるで狩人ギルドで狩人達が囁いていたように何が起きたのかと街のあちこちで噂されている。噂の内容は様々だが、魔物が迫っているという内容だけはどの噂にも共通してる。そして武装した狩人や衛兵の姿を見て、その噂が間違いでないことと後押しをして更に噂は加速してゆく。
そんな街の空気を肩で切りながら、狩人達は街の円周部に集まってゆく。そして誰もがその高台から何時もより少しばかり賑やかな森の様子を睥睨した。
「俺らの担当は門の右手だ。…一番
「光栄じゃ有りませんの。むしろ、立地からして好き勝手魔法を打ち出せるのですから、ナナなんか少し楽しみなんじゃないですこと?」
「へへっ…。確かに撃ち放題だからちょっと楽しみかな。ハルトは逆につまらないんじゃない?」
「どうせ俺が風で誘導するんだろ?まぁ、剣を振るう機会が無いってのはあまり気が乗らないが…」
既に防衛計画は発表されている。堅実な…あえて言えば面白みの無い戦法ではあるが、街の高所から集まってくるであろう
集まった狩人達も大半は弓を手にしている。中には弓が使えないのか投石用の岩石を次々と運び込んでいる者もいる。投石による攻撃は街の防衛手段として考えられていたようで、既にそれ専用の岩石の備蓄は存在するようだが、多いに越したことは無い。タルテもそれに習うようにして街の外から岩をかき集め、とりあえず門の内側へと投げ込み始めた。
「お嬢さんの様子を見てると、この街の防衛もまだまだだな…」
「へ…?どういうことです…?」
「いや…な。そのサイズの巨石を投げ込まれたら、門だって耐え切れないだろ?」
タルテが開いている門の中に投げ込んでいるのは人の背丈にも近い巨石が混じっている。その様子を見て門を守る衛兵が呆れたようにそう呟いた。彼女の頑張りもあってか、投石用の岩石も
日が傾きかけてきたメイブルトンの街で、門の閉まる轟音が響く。まるで人の世界である街と人知の及ばぬ領域である森を別つような堅牢な門ではあるが、人も自然に生かされている存在に過ぎない。つまり、その二つは交わらずにはいられないのだ。響いた門の音に呼応するように森の奥で何かが産声を上げるようにざわめいた。
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