第533話 治療師の二人

◇治療師の二人◇


「あの…タルテさんとメルルさんなら魔法で治療ができると思って…。治療院に行くよりギルドのほうが近かったんで…」


 床に倒れた男に肩を貸していたチックが、俺らに頼み込むようにそう声を掛けてきた。彼らには、可哀相な獣ピティワームと戦った後に小さな傷を二人が治療するのを見せている。森を死に物狂いで逃げてきた三人は枝葉で細やかな傷を身体中に負っており、そこから粘液に含まれた毒が侵入するのを避けるために治療したのだ。


 だからこそ、彼らは二人を頼りにギルドまで戻ってきたのだろう。チック達は衛兵の詰め所にまで向かっていたはずなので、恐らくこの男とは街の入り口で出会ったのだろうか…。格好からして男も狩人なのだろう。森で重症を負って街までなんとか戻ってきたというような様子だ。


「もちろん治療しますよ…!メルルさんもいいですよね…?」


「…構いませんわ。他の治療師を待てるほど、この人に余裕は無さそうですもの…」


 快く治療を引き受けたタルテが彼にそう言葉を返した。治療できると聞いて、怪我をした男に付き添っていた仲間らしき狩人も安心したように険しい顔付きを緩め、彼女に頭を下げて治療をお願いしてきた。


「…随分血を流したみたいですね…。意識を失わないように声を掛け続けてください…!」


「あ、ああ。声を掛けるだけでいいんだね?」


 倒れた男に駆け寄ったタルテはすぐさま診察を開始する。彼女は周囲に指示を出すと、彼の着込んでいる皮鎧に手を掛けて、それを布切れのように素手で引き裂いた。そしてタルテが患部を露出させると、それを待っていたようにメルルが水を操って汚れを洗い落とした。


 メルルはタルテほど教会側に身を置いていないが、彼女も闇の女神の教会で治療師としての手伝いをしていたこともある。怪我の治療には治癒能力を活性化させる光魔法使いの領分であるが、闇魔法使いがいれば患部を滅菌することに薬液を用いる必要が無い。停滞を司る闇魔法であれば、菌のような矮小な生命は容易く冷めぬ眠りに誘うことができるのだ。


「ベル。あなたも傷口を闇魔法で処置する場合は、直接人体に魔法を行使するのではなく、このように水などを媒介にして間接的に行使するべきですわ。あなたの闇魔法は浸透性に優れていますので、直接行使すると患者の体に障ります」


「あまり闇魔法を強く掛けると、患者さんも弱りすぎちゃうってことですね。…その、オクロさんはそんな余裕も無いって事でしょうか…」


 メルルによる闇魔法の講義を受けながら、血に塗れた男を不安そうに眺めている。オクロと呼ばれた男は俺が見ても重傷であり、彼女の言うように闇魔法を強く行使すれば、彼の風前の灯となった生命力も消え去ってしまうのかもしれない。


 だからこそ、メルルが闇魔法を直接行使するなと言った事でその不安が掻き立てられたのだろう。だが、メルルは心配要らないとベルに言いながら、その理由を示すように患者の容態を確認するタルテの頭を撫でた。


「治療師…さん…。どうにか…なりそうか…?」


「あまり喋っては駄目ですわ。ゆっくり息をすることを心がけてくださいな」


「へへ…。奴の毒のせいか…、痛みはそこまでじゃないんだ…」


 心配しているのはベルだけではない。傷を負った本人も搾り出すようにしてメルルとタルテに声を掛けてきた。今までは街に帰還することばかりを考えていて、傷の状態を意識していなかったのだろう。そして、皮鎧が引き千切られたことで自分でも直接傷口を確認することとなって、改めて自分の容態を意識することとなったのだ。


 だが、深刻そうな患者や周囲の人間とは裏腹に、タルテとメルルは平然としている。治療する際には冷静であることを心がけているのだろうが、その様子が余裕のある様子にも見えたのか、周囲は少しばかり緊張を和らげた。


「太い血管は逸れてますね…。この出血は内臓から…。うぅ…この棘…中で折れちゃってますね…」


 傷口には俺らも見たばかりである可哀相な獣ピティワームの棘が突き刺さっている。腹などに刃物が刺さった場合、その刃物が蓋の役割を担っているため下手に引き抜くと余計に出血することとなる。だからこそオクロも腹に棘を刺したままここまでやってきたのだろう。


 だがもちろん治療するためには棘を抜かなければならない。そのためにタルテは棘に手を当てて少しばかり力を加えたのだが、内部の棘の状況を感じ取って眉を顰めた。


「折れてるって…抜いても棘が残るってことかい!?…ど、どうしようか。どうにかして抜かなきゃ…。…もしかして矢みたいに貫通させたほうがいいかい!?それか切り開いたほうが!?」


「おい…この棘が刺さってる場所は…貫通して大丈夫なのか…?腹だぞ…?」


「でもオクロ!死なないためには死ぬ覚悟をしなきゃ!死神とタップダンスをする気概こそが長生きのコツだよ!」


 オクロの仲間らしき男が、タルテの言葉を聞いて慌て始めた。矢が身体に刺さった場合は、返しがついているため強引に引き抜こうとしても鏃が体内に残る可能性がある。だからこそあえて押し込んで貫通させたり、傷口を拡張させることは正しい処置ではあるのだが、それも刺さった場所による。彼の提案にオクロは血の気の無い顔をより一層青くさせた。


「心配要りませんよ…!いまくっ付けちゃいますので…!」


 まるで鞘に収まった剣に手を掛けるように、タルテが腹に刺さった棘を握りこんだ。その手には彼女の魔力が纏っており、それに反応するように棘がキチキチと音を立てた。


 固体を操る土魔法だが、固体とはいえ残留魔力の残る生物由来の物質には抵抗されることもある。だが、同時に生命と強い親和性を持つ光魔法に適正のある彼女はその二つを掛け合わせた木魔法を行使することができる。抵抗力の少ない樹木を操ることが多いため、木魔法と表現されるが、その範疇は樹木だけには留まらない。本体から抜け落ち、さらには構成の単純な棘ならば再度接合することも可能だろう。


「メルルさん…!抜いた瞬間…一応内部の洗浄もお願いします…!」


「解りましたわ。そうですわね…少しばかり私の血を混ぜて、血管の応急処置も施しますわ。大量に出血することは無いはずです」


「助かります…!この人…血が足りていませんので…!」


 タルテの魔法により内部で棘が接合されたのだろう。タルテは手で握った棘を有無を言わさず引き抜いた。そして、先ほど傷口を洗浄したようにメルルの操る水がオクロの腹部で蠢く。今度の水は彼女の血で薄く色づいており、それが傷口がらオクロの内部に侵入する。


 異様な異物感にオクロが戸惑うような呻き声を上げるが、その声を無視するように二人は淡々と処置を施す。宣言していたように、内部に侵入したメルルの血が血管の傷口を覆ったのだろう。棘を引き抜いたというのに傷口からは大した出血をしていない。


 そしてタルテが両手で傷口を覆って光魔法を行使する。魔法により強制的に活性化されたオクロの肉体は傷を回復させてゆく。そしてタルテがその掌を彼の身体から離すと、そこには傷口などはなく、僅かな痕だけが残っていた。


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