第532話 争いは血の香り

◇争いは血の香り◇


「ヴィロートが…!?いや、でも…マッティホープ子爵前当主が推薦人なら何かしらの交流があったわけだもんな」


 マッティホープ子爵前当主だけではなく、内通者であったヴィロートも登場したことに俺は驚きを隠せずにいた。少しぐらいメイバル男爵について知れるかなと聞いた話から、本命がでてくるとは思いもしなかったのだ。


 もしかしたらヴィロートは王府に所属する前はマッティホープ家の執事などをしていたのかもしれない。家臣であれば他所に向けて推薦状を用意するのもおかしくは無いだろう。この世界では紹介状が履歴書の代わりなのだ。


「あの、チックの話は時期が合っておりませんわ。…彼が紹介状を手に王府に所属したのは五年前。四年前でしたらヴィロートは既に王府に勤めているはずですわ」


「お世話になった人が亡くなったから駆けつけてきたんじゃない?指輪の行方に躍起になるのを考えると、やっぱりマッティホープ家に恩があるみたいだね」


 ヴィロートの登場にメルルとナナが各々の意見を語る。俺らの目付きが変わったことを見て、チック達は不思議そうに顔を傾げている。王府の役人や捜査関係者であればヴィロートが犯罪に手を貸したことは知れ渡っているが、単なる狩人である三人はヴィロートが何をしたのか知らないのだろう。


「なぁ、ヴィロートについてなんか他に気付いたことあるか?」


「気付いたって…どういうことです?…良く覚えてるって言っても怒鳴られて問い詰められただけですから、他はなんにも…」


 俺はヴィロートについて尋ねてみたが、幼い頃、それも事情聴取を受けただけでは他に気付いたことも無いようだ。俺の言葉を聞いてチックだけでなくタックもベルも首を傾げるが、三人の口から出るのは偉そうだったとか煩かったとか印象に関する情報だけであった。


 個人的にはヴィロートの詳しい経歴…、まずはマッティホープ家とのどのような繋がりがあったのか知りたいところだが、それは少し高望みだったらしい。


「あの…もしかしてヴィロートって人は知り合いですか?…そのごめんなさい。悪く言うつもりは無かったんですよ。ただ、あの時は本当に理不尽に怒鳴られて…」


「指輪を受け取ったときのことだけじゃなくて、誰か見たのかもしつこく聞かれた。何回も見たまま聞いたままを話したのに、何度も聞いていたんだ」


 俺らの反応を見てヴィロートを怒鳴った嫌な奴と表現したことにチックが頭を低くして軽く詫びるが、チックがそう言うのもおかしくは無いとタックがチックを擁護するように言葉を続けた。その意見にはベルも同意なのか、タックの言葉に頷いてみせた。


「三人とも、そのぐらいにしておきなさい。貴族の配下を悪く言うということは、その配下を雇っている貴族様にも唾を吐くようなものです。いいですか?口は災いの元です。狩人ならば沈黙こそを良しとしなさい」


 整えるために束ねた書類で机を叩きながら受付の男が三人に声を掛けた。その声を聞いて三人は苦笑いをしながら口を噤んでみせる。そう言われてしまうと俺らも彼らにヴィロートのことを聞き出しづらい。といっても、これ以上の情報を彼らが持っているかはわからないが…。


「ほら、話はそのへんにしてこれを掲示板に張り出してきてください。あと、こっちは衛兵に向けての注意勧告の書類。今から君らは配達の業務です」


「はい。張り出しですね。…衛兵さんへの手紙も早いほうがいいですよね?」


「それはもちろん。今日中に行ってきて下さいね」


 受付の男は作成した書類の中から数枚を抜き出してチック達に渡した。その内容は俺らも知っているもので、可哀相な獣ピティワームに対する注意勧告だ。攻撃性の高い魔物というだけではなく、臭いでマーキングをするため、街の防衛を担う者達へはその取り扱いを周知させる必要性があるのだろう。


 言いつけを破って森へ侵入したという負い目がある彼らは、その書類を素直に受け取ると数枚をギルド内に張り出し始めた。その慣れた手つきから考えるに、こうやって雑用を手伝わされるのはよくあることのようだ。


 衛兵に向けた書類を届けに行くのだろう。彼らは俺らに一言挨拶すると、三人で連れ立ってギルドの扉からそとに出ていった。


「…なにか調べてるんですか?できれば彼らはあまりそういったことに巻き込まないで頂きたいのですが」


「…いえ、大したことじゃないんですが…」


 チック達が俺らから離れると、代わりに受付の男が声を掛けてきた。俺がわざわざヴィロートのことを聞き出そうとしたので、何か調査しているのかと感付いたのだろう。ヴィロートについて直接尋ねたのは失点であったか…。


 俺は誤魔化すように笑ってみせるが、受付の男はジトッとした目でなおも俺を見てくる。魔物なら未だしも、人が関係するトラブルはどこから飛び火してくるかわかったものじゃない。彼らの面倒を見ているギルド員としては、あまり見過ごせないのだろう。


「…別に調査のために来たんじゃないですよ。王都でとある事件があったのですが、逃げてる犯人の一人がヴィロートなんですよ。たまたまその関係者の名前を聞いたんで…つい…ね」


 別にヴィロートの調査は秘匿されているわけじゃない。調べようと思えば調べられる情報であるため、俺は彼の視線に答えるようにヴィロートのことを軽く説明した。事故を起こした御者の次は、ヴィロートまでもが逃亡犯となっている事態に、受付の男は少しばかり驚いたように眉を跳ねさせてみせた。


 そして犯罪がらみの事件となれば彼の心配も間違っていなかったということだ。流石に先ほどの話で彼らが巻き込まれるとは思っていないだろうが、釘を刺すように再びジトッとした視線で俺を見つめてきた。


 だが、その視線も長くは続かなかった。俺と受付の男のやり取りを邪魔するように、ギルドの外から大声が飛び込んできたからだ。


「タルテさん!メルルさん!怪我!怪我人です!ち、治療をお願いできますか!」


 ギルドの入り口から飛び込んできたのは先ほど衛兵に書類を届けに出て行ったベルだ。怪我と叫んだ彼女の服は血で汚れており、同時に異様な臭いも漂ってきた。彼女自身は怪我をしている様子はなく、どうやら怪我人を抱きかかえるなどしてその血を浴びたのだろう。


 同時に、その血の量が怪我の深さを物語っていた。今までこっそりと頼んだ軽食を摘んでいたタルテが椅子から飛び降りるようにして身を乗り出した。


「緊急ですね…!怪我した人はどこです…!?」


「直ぐこっちに来ます!お腹に!お腹に棘が刺さってるんです!」


 タックはタルテの声を聞きながら背後を振り替えってギルドの外を確認した。そして、その視線に釣られるようにして俺らもギルドの入り口へと向かえば、丁度そこから血濡れの男がギルドの中に転がり込んできた。


 肩をチックに借りて何とか歩いている男は、右手で自分の腹部を押さえている。そこには直近で目撃したばかりの棘が刺さっており、滴るほどの血が今なお流れている。彼を取り巻くように仲間らしき男が声を掛けて、血と脂汗をかいている男を励ましていた。そして、目的地に着いたことで気が抜けたのか、男はギルドの床の上にゆっくりと横たわった。


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