第529話 山菜を採りに出かけた先で

◇山菜を採りに出かけた先で◇


「あ、その事故は俺も見たんですよ。あんときゃ大人に詰め寄れれて大変だったよなぁ。タックもベルも覚えてるだろ?」


 受付の男が言葉に出した貴族の事故について、チックが得意気にそう答えて見せた。彼に声を掛けられたタックもそっくりな表情で頷くが、一方でベルは困ったような表情を浮かべている。また、受付の男も迂闊な話題を提供してしまったように、渋い顔を浮かべている。


 つい口から出てしまうほど街では当たり前のように知られている事故だったのだろうが、あまり他所の人間に嬉々として語る内容でもない。口は災いの元とは言うが、貴族関係の話題は通常の話題よりも災いに近いところにある話題であるはずだ。


「チック、あんまりそれは言いふらす内容じゃぁ…」


「なんだよ、ウォッチさんが先に言ったんじゃないか。でも、確かに人死のあった事故だしなぁ…」


「そうだよチック。流石にそんな風に喋るのは…少し不謹慎だよ」


 口止めと言うわけではないが、受付の男が軽くチックを諌める。それに一応の納得をしたのかチックは言い返すものの少しばかりバツが悪そうだ。だが、俺としてはその事故について話を聞いてみたいところだ。


「…大人に詰め寄られたってことはどういうことだ?なんでチックがそんな目にあったんだ?」


「お?やっぱり気になりますか。なんてったってあの事件を最初に見つけたのが俺らだったんですよ」


 詳しく話を聞くために、俺は彼の言葉で気になった箇所を指摘する。俺が尋ねたことに気をよくしたのか、彼は受付近くのテーブルに向かうと、そこにある椅子に腰掛けた。


「…チック。貴方はお説教が先ですよ…」


「いいじゃん、いいじゃん。第一、ウォッチさんは説教する暇なんて今は無いでしょ?ハルトさん達も今から森に戻るには流石に中途半端になっちゃうだろうし…」


「そもそも、忙しい私の手伝いをサボって森に行ったあなたが何を言っているのです…。妖精の首飾りの皆様が半端な時間に戻る羽目になったのも貴方のせいなのですよ」


 そう言いながらチックは書類の山を指差した。狩人ギルドの忙しい時間帯は朝と夕ではあるが、日中は暇かと問われればギルド員は目を吊り上げてそれを否定するだろう。むしろ、アイドルタイムとなる日中は事務仕事に勤しむための貴重な時間なのだ。


 俺らの相手をしていたためその手は止まっていたが、受付の上に書類の山があるのは彼が受付をしながらも多量の事務仕事をこなしていたからだ。ついでに言えば、俺らが可哀相な獣ピティワームを見つけたことで、彼の仕事は増加したと思われる。書類の山という物理的に示されている残務を指摘されて、受付の男は目の輝きを失わせた。


「それで、事故にあった貴族の話でしょ?さっきも言いましたが、俺らが最初に見つけたんです。だから色々聞かれた訳で…」


「あれはびっくりしたよね。ちょうどこの三人で山菜取りに行ってたときだもん。おかげで山菜が全然集まんなくって母ちゃんに溜息を吐かれたね」


 受付の男を尻目に俺らもテーブルに着けば、チックとタックが意気揚々と語り始めた。ベルもその言葉が正しいと認めるように、彼ら二人の言葉に頷いて見せた。


「山菜取り…?そっか、三人ともまだ狩人じゃなかったんだ」


「三人が狩人になったのは去年ですよね…?事故はそれよりも前ってことでしょうか…?」


「そうだなぁ、あれから春が…何回来たかな…」


 ナナとタルテが双子の言葉に相槌を打ちように口を開いた。タルテの言葉に促されて、チックとタックはそれぞれ指折り数えると、二人して四年前のことだと答えて見せた。


「たしか、血啜り蝿鳥オワゾムシュが出たとかでいつもの場所じゃなくて街道沿いにむかったんだよね」


「あ、そうだそうだ。あんときはベルが矢鱈と怯えてたのを覚えてるよ。今じゃ血啜り蝿鳥オワゾムシュを簡単に弓で仕留めるって言うのにね」


 彼らの言う血啜り蝿鳥オワゾムシュとは、先ほどの報告書に記載があった最も古い森の異変に対する報告のことだろう。といっても当時はたまたま遠方から飛んできたと思われていたのだろう。子供の立ち入りを禁止させるわけではなく、場所を変更させる程度ですましているのだ。


「もう…!街道沿いだって安全って訳じゃなかったんだよ?…それなのに二人は警戒もせずに奥のほうまで入ろうとするし…」


「けどよ、街道沿いの森なんて他の人に山菜は取りつくされてるだろ?あんときだって…確か山菜が見つからないから奥に行こうってなったんだろ?」


 双子の言い分にベルが反論するが、どうやら彼らの警戒心が低いのは昔からのようだ。それでも、彼らの言い分もわからなくはない。メイブルトンの街に限らず、街道沿いは人通りも多いこともあって比較的安全であることが多いのだ。だからこそ、狩人でない者でも森のちょっとした恵みを得るために立ち入ることが多く、山菜だって早い者勝ちだ。


「それで…ええと、そうだ。ベルが奥は駄目だって言うから、奥じゃなくて街道のもっと先に向かったんだよな」


「そうそう。街から離れれば山菜も残ってるはずだってね。雨が降った後だから、街道の泥道を避けて少し森に入って進んだんだ」


 双子同士で互いに記憶を掘り起こしながら、チックとタックは交互に語ってゆく。先ほど彼らが言ったように、当時も大人たちに事情聴取という形で聞きだされたのだろう。意外にもすらすらと当時のことを語ってゆく。


「あ、今の街道と違ってその時は酷い道だったんですよ。轍は深いし土は剥き出しだし…」


「そうそう。事故があったのは狼岩を超えた所だったよね。あ、ハルトさん達も王都から来たなら見ましたか?狼みたいな形の大岩、それが狼岩です」


「ん…、ああ。そこまで風景は楽しんでなかったな。そんな岩が道中にあったのか…」


 嘘である。風景は必要以上に楽しみながらこの街までやって来た。しかし楽しんだ風景は空からの風景であるため、タックの言うような狼に似た岩があったことには気がつかなかった。


「私達が狼岩に行ったときは丁度事故の直後だったみたいなんです…。怖かったんですけど…助けなきゃと思って駆け寄ったんです」


 チックとタックではなく、今度はベルがそう答えた。やはり人死が出たことに心を痛めているのか、その言葉はどこか少し辛そうであった。


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