第524話 燃えよベイビー

◇燃えよベイビー◇


「おい!こっちだ!そのまま逃げてこい!」


 俺はこちらに逃げてくる者達に対して風で声を送る。俺の声が励ましになったのか、彼らは少しばかり走る速度を上げて、俺らの待つ方向に真っ直ぐ駆け込んでくる。既に彼らの後ろに迫る存在の音も、俺の耳にははっきりと届いている。足音…、厳密に言えば移動音ではあるが、巨体を引きずるような音は特に特徴的だといえる。


 身を捩じらせて進む移動方法を用いるということは、脚が無いか退化しつつあるということだ。その特徴だけで魔物の種類は半分以下に絞られる。そして、この距離まで近付いてくれれば音だけでなはく俺の風が奴の肉体に触れて、大まかな形状も知ることができるのだ。


「針…?棘土竜アスピナスなわけないし、もっと細く密度も高い…。それこそ手足の無い棘豚ヘッジホッグ可哀相な獣ピティワームかッ!?」


 しかし、風に俺の感覚を乗せているとはいえ、それこそバラエティなどで有りがちな箱の中身を手触りだけで当てるゲームのように、慣れない形状は判別しづらい。だからこそ、俺は目を閉じて感覚に集中し触れた物を特定した。


「ハルト様!当たり前のように名前だけで通じると思わないで下さいまし!魔物フリーク以外にも通じるような説明をお願いいたしますわ!」


 俺の渾身の特定にメルルからの突込みが入る。ナナもタルテも同じ思いを抱いているようで俺に詳しく話せと詰め寄るような視線が注がれる。


「密集した針に覆われた巨大な芋虫だ!口は大きく神経毒を含んだ刺激臭のある粘液を吐き出す!その粘液は粘着力が強いから触れないように気をつけろ!」


 促されるようにして俺は可哀相な獣ピティワームの特徴を彼女達に伝える。棘という防御力に毒と巨体を用いた攻撃力。そして生物としての習性も厄介な魔物ではあるが、冷静に対処すればこの人数でも十分に戦えるはずだ。


 俺らが認識を共有している間に、とうとう追われていた三人の狩人が森の奥から飛び出してきた。彼らは俺らの姿を見て安堵したような表情を浮かべるものの、それは一瞬のことで直ぐに顔が曇りだした。


 恐らくは俺らがまだ歳若い狩人だからだろう。逃げてくるときの声で推測していたが、彼らは新米と言えるほどの若さの狩人だ。だからこそ、逃げた先に居たのが自分達と同じ年頃の狩人であったため、助かったという思いが直ぐに押し流されたのだ。


「俺らが対処するから安全なところに隠れていろ!」


 だからと言って俺は気を使うつもりは無い。彼らに目線を合わせるのは一瞬で、すぐさま追ってくる可哀相な獣ピティワームを警戒するようにそちらに視線を向けた。


「た、戦うのか…!?だ、だ、だったら俺らも…」


「連携の訓練無しには危険だ。こっちは巻き込むような戦い方をするつもりだぞ?」


「ほらほら、そんな状態でまともに戦えると思うのは傲慢でしてよ。そちらの木陰で休んでいてくださいな」


 手出し無用と軽く脅すように言葉を投げかける。三人組はどうするべきかと逡巡するが、余計なことを考えさせないようにと、メルルが俺らの後ろに押し込むように強引に三人の狩人を案内する。


 そしてとうとう木々の枝を圧し折りながら、可哀相な獣ピティワームが姿を現した。予想が合った他ことに、俺は内心でガッツポーズを取った。可哀相な獣ピティワームは獲物が唐突に増えたことに混乱するような素振りを見せるが、それは直ぐに愉悦に変わり、その巨体からは似合わない赤子のように甲高い声を周囲に響き渡らせた。


「気持ち悪い鳴き声ですね。大きな赤ちゃんだこと…」


「土杭…!いきますよ…!!」


 即座に敵の足を止めようと準備していたタルテが魔法を放つ。一抱えもある太さの土の杭が、可哀相な獣ピティワームに向かって斜めに突き立った。土杭は可哀相な獣ピティワームの棘を突き破り、僅かに体に突き立ったのか緑色の体液が漏れる。それでも奴を串刺しにするにはサイズも強度も足りなかったらしく、奴は身を捩るようにして土杭を砕きながら旋回する。


 そしてお返しと言わんばかりに可哀相な獣ピティワームの口からは粘液の玉が吐き出される。それは黄褐色に色づいており、着弾する前から独特の臭気を振りまいていた。


「メルル!防げるか!?」


「いけましてよ!これくらいなら逸らせますわ!」


 俺は風の圧縮球を準備しながらもメルルに声を掛けた。粘液の玉は魔法ではなく奴の生物的な特性によるものだが、純粋な水ではないうえ、魔力を身に宿した魔物であるが故にその玉は仄かに魔力を帯びる。他者の魔力で汚染された液体は、その分自身の水魔法が阻害されることとなるのだが、メルルは見事にその粘液を操って明後日の方向へと逸らしてみせた。


 粘液の玉を逸らす役目をメルルに取られた風の圧縮球を、俺は奴の顔に目掛けて打ち込んだ。殺傷能力は無いものの、一気に解放された空気は炸裂音を響かせて可哀相な獣ピティワームを怯ませることに成功する。


「それじゃ、燃やすよ?…燃素招来フロギストン…!風に乗って螺旋を描く!灰が歌えば火が熾る!破壊的な愛が僕らの全てバーンベビバーン!」


 ナナが俺の作り出した隙にを突いて、ステップをするように可哀相な獣ピティワームに接近する。奴に手を向け大量の炎を展開すると、それが俺の作り出した気流を利用して渦巻くように集中した。そして瞬間的な収縮のあと、爆ぜるようにして炎が立ち上がる。


 俺の魔法の残滓を拾い、自身の魔法を二重に展開した魔法は、可哀相な獣ピティワームが向かってくるまでにある程度の構築をしていたとはいえ、僅かな隙を突いて発動したとは思えないほどの火力を秘めていた。


 煌々とした炎は可哀相な獣ピティワームの命に届く。のたうつ可哀相な獣ピティワームの絶叫が、轟々と燃える炎の音を伴奏にしてシャウトの如く響き渡った。そして数秒の燃焼の後、まるで今までの業炎が夢幻であったかのように鎮火した。


 紅い炎のヴェールが宙に解けると、そこに残るのは棘が灰色に焼かれ、その身を黒く焦がした可哀相な獣ピティワームだ。まだ息があるものの、弱々しく身を捩るだけだ。


 死ぬ寸前の可哀相な獣ピティワームの代わりだろうか。俺らの背後、三人の狩人から、化け物を見たかのような押しつぶした悲鳴が漏れた。


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