第522話 森は静けさを忘れて

◇森は静けさを忘れて◇


「牽制は任せてくださいまし!ここなら撃ち放題ですわよ!」


 背後に複数の水球を浮かべたメルルが、そう叫びながら魔狼ワーグの群に向かって水球を連射する。魔狼ワーグはメルルの水魔法に晒されながらも、戦闘意欲は失わずに果敢に此方に駆け寄ってくる。メルルの魔法を逃れて近くまで迫った個体は、タルテが投球によって的確に仕留めていった。


 まだ狩人ギルドから指定されたエリアの一角に踏み入れたばかりだが、近くに魔狼ワーグの群が徘徊していたため、俺らは戦闘へと突入したのだ。魔狼ワーグは獲物に対して執着する傾向が強いため、俺が群にちょっかいを出せばしつこく追ってきて、水場の近くへと釣り出すことができた。そのためメルルが群に向かって思う存分水魔法を使っている。


「ナナ!炎で奴らの気を引いてくれ!奥のアルファ個体を仕留める!」


 俺が声を掛けるとすぐさまナナが火を放つ。すると、即座にナナが俺らの目の前に炎の壁を吹き上がらせ、一時的に奴らと俺らを分断した。俺は炎を上昇気流を産む踏切板として利用し、空高く舞い上がった。そして放物線を描きながら魔狼ワーグの群を飛び越えて、奥にいたリーダーであるアルファ個体に空から襲い掛かった。


 狼は地面に残った臭いを頼りにすることが多いため、意外にも上空に対しての警戒心が低い。だが、それでも経験豊富なアルファ個体だからか、直前で俺の存在に気付き飛び退いた。まさか気付かれるとは思っていなかったが、俺は即座に風魔法を炸裂させる。サイドスラスタを供えたミサイルのように急激に軌道を変えて、飛び退いたアルファ個体に飛び掛った。


 頭のいい個体だからか、飛び退いたことで俺を避けたと思ったのだろう。慣性を無視したかのように急激に軌道を変えた俺に驚愕し、そのまま剣戟をその身に受けることとなった。俺の剣は魔狼ワーグの首を優しく撫でるが、その鋭さは多少優しくしたところで損なわれることは無い。魔狼ワーグの唸り声を空気を漏れ出す音に変え、次の瞬間にはその音も血の混じった湿ったものとなる。


「逃げる個体から優先的に!あまり深追いはしなくていい!」


「ナナのほうに追い込みますわ!水場も近いですから遠慮せず燃やしてくださいな!」


 俺が振り向き様に声を掛ければ、即座にメルルが回りこんで残りの個体を追い立てる。リーダーを失った群は混乱し、容易くメルルの策略に乗ってナナのほうへと追いやられていく。門番のように立ちふさがったナナは縦横無尽に剣を振るい、炎を巻き上げ瞬く間に殲滅していった。


 本来なら毛皮のために加減するところであるが、間引きが目的であるので遠慮なく焼き焦がしたのだろう。僅かに森へと引火してしまった箇所も、メルルが追い立てるついでといわんばかりに的確に消化してくれている。焦げた臭いと燻る煙を、俺は風を吹かせて一掃する。静寂が戻った頃には無残とも思える光景が広がっていた。


「なかなか大きい群だったね。…証明部位はなるべく残したつもりだけれど…」


「三割ほど焼け焦げていますわ。まぁ、判別可能ですから構わないでしょう」


「直ぐに集めちゃいますね…。ご遺体はこの穴にお願いいたします…!」


 そう言いながら彼女達は討伐証明となる牙を遺体から抜き取っていく。俺は彼女達にそれを任せて、アルファ個体の検分を開始する。遺体の状態を見れば、多少なりともこいつの生活を推測することが出来るのだ。


「ううむ。…餓えてはいないな。ただ、小さな傷が多い。他の群か別の魔物か…縄張り争いをしているみたいだな」


「他から移り住んできたって事でしょうか…?」


 俺の腑分けを端目に見ながら、タルテが道具を使うことなく魔狼ワーグのアルファ個体の口から牙を捥いだ。一通りの観察は終えたため、俺はそのままタルテの作り出した穴にアルファ個体の遺体を埋葬した。


「移動してきたのなら、どこかから強い魔物が流れてきて追い出されたってことかな?」


 俺の話を聞いていたのか、ナナも魔狼ワーグを埋葬しながらそう声を掛けてきた。


「足回りの毛が磨耗しているから、長距離を移動してきたのは多分あってると思う。ただ、少し違和感があるんだよな」


 縄張り争いで負けて逃げてきたのなら、妙に群が大きかった。それに餓えていないのも逃げて来たにしては不自然だ。どちらかと言えば進出してきたと言ったほうが納得できるだろう。その疑念を検討するため、俺は広範囲の音を拾うように風を広げてゆく。


 …活性化しているのは間違いない。今もそこらかしこで魔物が声を上げ、捕食や戦闘を繰り返している。しかし、魔物の量はあまり多いと感じない。俺らは都合よく魔狼ワーグと遭遇することが出来たが、魔物の密度を考えた場合、そこまで不自然に思えないのだ。


 だが、しかしまだ森の全貌を掴んだわけでもない。俺が風で調べたのは森のほんの一角にしか過ぎないのだ。この状態で判断するには余りにも早計だ。俺は感じたことを口に出さず、次の獲物を探すように耳を済ませた。


「ぉ…。…ぉぃ…!…リオ…!」


 森の奥。俺らの目的地の方角から声が聞こえた。荒い呼吸音を混ぜたそれは人の声であり、段々とこちらに近付いてきている。戦闘の処理を終えたナナやメルルが集中しはじめた俺にどうしたのかと声を掛けるが、俺がハンドサインを出すと即座に黙って周囲を見渡した。


「…早く…!まだ追ってきてる!なんでこんな奴がいるんだよ!?」


「待ってよ!そんな早く走れない!」


 声の主は幼く、俺らとさほど変わらない年頃だろう。もしかしたら年下かもしれない。荒げた絶え絶えのその声にその内容、そして走る音に騒々しい枝葉の音。十中八九、何者かが逃げてきている音だ。


「誰かこっちに逃げてくるな。…連戦になって悪いが、戦闘体制をとってくれ」


「こっちから向かわなくて平気ですか…?怪我人がいるなら迎えに行きますけど…?」


「真っ直ぐこっちに向かってくるから、問題ない。もし、誰かが逃げ遅れたなら俺が直ぐに迎えに行く」


 誰かが逃げてくる方向は森が開けていないため、俺は今いる場所を戦闘地点に定める。少なくともこちらに逃げてきている者達は順調に逃走しているため、待ち構えていればここにたどり着いてくれるだろう。


 他の皆にも逃げてくる者の声が聞こえ始めたのか、戦闘に供えて顔を険しくした。そしてほんの僅かな時間の後、悲壮な顔を浮かべた狩人達が俺らの視界の中に姿を現した。


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