第521話 ギルド受付は眠れない

◇ギルド受付は眠れない◇


「妖精の首飾りの皆様ですね。いやぁ、助かります。…あッ!?ちょっとほらそこ!それは借りた倉庫に運んどいて!」


 翌日、俺らが狩人ギルドに向かうと、ギルドは朝早くだというのに人々で溢れ朝市のように賑わっていた。いや、賑わっているどころか、本来の建物の軒先から路上を侵食するように仮設の建物が広がり、まるでここが彼らの戦場だというように鬼気迫っている。


 中には集まる狩人相手に商機を見出したのか、携帯食を販売している者もいる。説明を受ける俺の背後でも、タルテが二度目の朝食を美味しそうに頬張っている。焼いた果実を生地で包み込んだそれは、甘味として女性人気も高い品のようだ。


 俺らとの会話の途中であっても、ギルドの人間が慌ただしく皆を采配し、書類や物資が周囲を行き来している。その作業に従事している者の中には若い狩人の姿もある。どうやら、活性化した森に入るには能力が足りず、こうやってギルドの手伝いに借り出されているのだろう。


「すいませんね。手が足りずにこのような有様でして…」


「いえ、構いませんが…、…そんなに今やばいんですか?」


「やばいもなにも…、こんなことは初めてでして。あ!獣の影が濃いだけで、森はそこまで危険って訳じゃないんですよ?どちらかと言えば私の業務時間のほうがヤバイですね」


 朝から既に疲労の色を目の下に蓄えたギルド員が、口早にそう語った。要するに、致命的に森の生態が乱れている訳ではないのだが、それでもこの街で対処できる規模を超えており、その結果として出張所に過ぎない狩人ギルドの業務処理能力がパンクしつつあるらしい。


「もともとここいら一帯は平穏な森だったのですよ。この領地の奥にまで広大な山々が続いているおかげで、生態系の規模が大きいでしょ?だからこそ、ちょっとした異変でも自浄作用が働いて均衡が保たれていたのですが…」


 それが今回はこの有様だと、ギルド員は疲労と共に息を吐き出した。彼の言葉を聞いて、俺は故郷のネルカトル領のことを思い出した。ネルカトル領の森林地帯は強靭な魔物も多く、そいつが原因で局所的な異変を巻き起こすことが多いのだが、魔物が人の領域まであふれ出すことは滅多にない。


 特に、魔境と評された大森林地帯はその特徴が顕著だ。生態系が乱れたところで、それは大森林のほんの一部にしか過ぎず、狩人が手を加えなくても自然に安定した状態まで回帰するのだ。それと同じことがこの街の周囲にも言えたのだろう。広大な生態系が広がっていながらも、この街にある狩人ギルドが出張所に過ぎないことが、周囲の山々が平穏であったことを何よりも物語っている。


「それで、原因は判明したのですか?俺らは魔物の間引きしか依頼されていませんが…」


「ああ、それは地元の狩人にお願いしてますよ。彼らは誰よりもここいらの森について知っていますからね。だからこそ、あなた方には彼らが出来ない間引きをお願いしたいのです」


 居付きの狩人が少ないと言っても、全く居ない訳ではない。たとえ等級が高い狩人であっても、この森の通常の姿を知らなければ何が異常であるか判断しづらいものがある。だからこそ、俺らのように外から来た狩人には、無作為な間引きを依頼しているのだろう。


「それでは、妖精の首飾りの皆様には北東周辺をお願いいたしますね。他にも狩人の方々が森へと入っていますので、弓を使う場合は誤射に気を付けて下さい」


「ええ、解りました。野営はせず、日没までには帰還します」


「それがよろしいかと。銀級の皆様なら不覚を取ることは無いでしょうが、どうにも寂しがり屋の魔物が多いみたく、今の森では寝れない夜を過ごす事になりますよ。まぁ、僕は街にいても寝れない夜を過ごしているんですがね」


 一言多いギルド員は簡易的な地図にマークを書き込むと、それを俺らに差し出した。その地図には、注意すべき魔物などの情報も箇条書きされており、始めてこの狩場にきた俺らにとってありがたいものであった。俺らのように外部からヘルプに来た狩人が多数いるため、ギルドのほうで用意してくれたのだろう。


「なんだか、肉狩りの大規模狩猟みたいだね。故郷を思い出しちゃうよ」


「それにしちゃ、狩場には不穏な空気が蔓延してるみたいだがな。一時的な生態系の乱れならいいんだが…」


 ナナの言う大規模狩猟とは、ネルカトル領のアウレリアの街で行われていた食肉を得るための複数人による狩猟のことだろう。狩場に運搬用の大八車まで搬入して行われるそれは、クランによる狩猟のように大量の狩人が集まって一種の祭りのように賑やかな物だ。


 しかし、このメイブルトンの騒動は原因不明の魔物の活性化ということもあって、狩猟に従事する狩人の表情は険しい。それに、出没しているのは脅威度の低い魔物ばかりとはいえ、数が多ければ油断できない強敵ともなりえるのだ。


 人で溢れた狩人ギルドを離れて、俺らは街の外へと向かう。既に準備はメイブルトンに来る前に整えているため、直ぐにでも森へと踏み入れられる状態だ。街は丘の上に建てられているため、街の端へと辿り着くと外の風景がよく見える。


 俺らの視線に気が付いたわけではないだろうが、丁度森からは一斉に鳥が飛び立ち梢が揺れるのが見えた。鳥にはこの街の強固な石垣も関係なく、俺らの頭上を飛び越えて街の反対側へと消えていった。


「森のこの位置なら沢を辿って行こうか?それとも他の狩人の痕跡を辿っていく?」


「尾根が目印になるだろうから、沢を遡上するのが解りやすいだろ。逸れることはないとは思うが、もしもの時に集まりやすいしな」


「な…なんで私を見るんですか…!流石に逸れませんよ…!」


「水が近くなら私も戦いやすいですわ。なるべくそこを中心に戦いましょう」


 街の外に続く坂道を下りながら、俺らは地図を見て具体的な狩りの方針を整える。周囲には他の狩人も俺らと同じように森へ向けて足を進めており、各々の狩場に向けて静かに消えてゆく。その様子を眺めながらも、俺らもその一員になって森へと足を踏み入れた。


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