第520話 メイブルトンの街

◇メイブルトンの街◇


「ほぉ…!ほぉぉぉおお…!!」


 日が暮れて黄昏時も過ぎ去った空の上。遠くの地平に僅かに茜色を残した黒い大地の上を辿りながら、俺の真上で興奮したタルテの声が響いている。じっとしていられないのか、彼女は体ごと動かすようにして周囲を見回し、そのせいで変わってしまう重心に対応するため俺は風の勢いを細かく調整する。


 タルテには申し訳ないが、既に目的地は目前だ。俺は着陸するためにハンググライダーを傾けて高度を下げてゆく。目的地はメイバル男爵領の唯一の街であるメイブルトンだ。もちろん、直接空からお邪魔するわけには行かないので、街の手前の街道の脇に着陸する。


「はわわわ…。す…凄い体験でした…!」


 人数が増えたために最近はめっきり使用しなくなってしまったハンググライダーを引っ張り出して、俺らは僅かな時間でメイブルトンにまで移動することにしたのだ。タルテは初めての空のたびに興奮を隠しきれず、それでいて着陸すると大地の感触を楽しむように四つん這いになっている。


 楽しんでいたため飛行が怖かった訳ではないだろうが、反応を見る限りでは陸酔いをしているようだ。俺はハンググライダーを手早く分解すると、タルテを起き上がらすために手を差し出した。


「…タルテ。大丈夫か?先に送ったナナとメルルが宿を取ってくれているはずだから、街の中に入りたいんだが…」


「だ…大丈夫です…!一時的に離れたことで…より強く感じる大地の感覚を確認していただけですから…!ハルトさんこそ…大丈夫でしょうかて…!?」


「風に乗れば大した労力は掛からないからな。そこまで消耗はしてない」


 移動時間の短縮のためにハンググライダーを利用したが、流石に四人で乗ることはできないため、俺は王都からメイブルトンまでを二往復することとなったのだ。魔法を使えば四人で乗るようなハンググライダーでも飛ばすことはできるだろうが、四人乗りに改造するためには材料が不足している。このハンググライダーは骨格に竜の骨を使用しているものの、皮膜は蝙蝠の翼なのだ。これ以上の揚力を発生させると、皮膜が破れる可能性がある。


 俺とタルテはメイブルトンの街壁へと辿り着く。街壁といっても、厳密に表現するならば石積みや石垣と言った方が正しいだろうか。メイブルトンの街は山城のように、一つの巨大な丘の上に聳えるようにして建てられているのだ。森が近くにも広がっているため、中々に堅牢な造りだ。これ以上の街の拡張が困難というデメリットもあるが、防衛に関しては目を見張るものがあるだろう。


 街が高所にあるため、街道は街よりも一段低いところに位置している。街へと続く坂の手前には街門の詰め所が設置されており、そこに居る兵士が俺らに気付き、手を差し出して身分証を要求した。


「君らも徒歩で来たのか。…もしかしてどこかで馬車が立ち往生しているのか?」


「いえいえ。単に経費削減のためですよ」


 王都に物資を送り込んでいる街だけあって、交通の便は良い。だからこそ、徒歩でやって来た俺らが珍しいのだろう。門兵はギルド証と依頼書を確認すると、依頼書に日付と名前を書き足してから俺に返却した。


 俺とタルテはそのまま街へと続く坂道を登ってゆく。登りきったところにはナナとメルルが待っており、俺らの到着を出迎えてくれた。


「お疲れ様。宿は狩人ギルドの近くが空いてたよ。…タルテちゃん、どうだった?」


「凄かったです…!正しく鳥になった気分です…!」


「お話は後にして、直ぐに宿に向かいましょう。夕飯付きの宿ですから、遅くなると怒られてしまいますわ」


 ナナの問いに高揚した気分を思い出したタルテが興奮しながら感想を告げる。そんな微笑ましいタルテを宥めるように、メルルがタルテの頭を撫でている。彼女に促されるようにして、俺らはメイブルトンの街を宿に向けて歩いてゆく。


 自然豊かな環境に囲まれているが、街には街灯も整備されており、様々な店で賑わっている。都会とも言っていいほど発展しており、街の外との雰囲気の差に俺は感嘆するように周囲を見渡した。


「…いい街みたいだな。活気に溢れて賑やかだ。もっと牧歌的な街を想像してたよ」


「だよね。私も来た直後はびっくりしたよ」


「まぁ、この街は立地が良いですからね。王都が近くにありますから、物を売るにしても買うにしても困りません」


 つまりは王都の経済圏に組み込まれているため、そのお零れを存分に得ることができるのだろう。緑豊かで、それでいて都会。魔物という脅威に目を瞑れば、人々の羨望を集めるような街だ。街の敷地が限られているからか、建物は隣接されている建物どうしで一体化されており、その都市計画を緻密に練ったような造りが、独特な雰囲気を醸し出している。


 まるで山城や巨大な修道院をそれぞれ区分けして使っているような構造だ。白塗りの壁は日が出ていれば日光を反射し、街の隅々にまで光を届けることだろう。街の土台は巨大な一枚岩が鎮座しているようで、敷き詰めるのではなく、削りだすことで石畳を作り出している。物珍しい造りに目を向けながらも、俺らはやがて目当ての宿にまで辿り着いた。


「おや、お嬢さんたち戻ったのかい?…そっちの子が言っていた連れ合いだね。どうする?直ぐにご飯にするかい?」


「ええ、お願いしますわ。…二人とも、こちらの宿は山の幸を使った料理がご自慢だそうですわよ」


 宿に入ると、女将さんが俺らを出迎えてくれた。狩人ギルドの人間は居付きの狩人が少ないと言っていたが、それを裏付けるかのように宿は繁盛しており、一階の食堂には同業者達が夕餉を楽しんでいた。彼らも俺らのように王都からやって来た狩人なのだろう。


 彼らのテーブルに並ぶそれが、ご自慢の山の幸の料理なのだろう。その料理も大衆料理と言っていい見た目ではあるが、料理の彩りも食器の類も意外に洗練されている。王都の経済圏にあるだけあって、文化的にもこの国の最先端のものが入ってきているのだろう。それは特色が少ないという点では寂しいようにも感じるが、どこか安心できるような温かみもある。


 料理への期待が俺の体に掛かる重力を軽くし、俺は荷物を置くために足早に部屋へと向かった。


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