第519話 金色の目に見えぬ魔物

◇金色の目に見えぬ魔物◇


「あの…。そろそろ何か依頼を受けていただきたいのですが…」


 ヒュージルの調査を打ち切り、ただの一般学院生に戻った俺らが向かう場所は決まっている。狩人ギルドだ。なぜならば、豊穣祈願の行脚によって長期間拘束されていたが、あれは内密な依頼であり、狩人ギルドを通した依頼ではない。


 だからこそ、俺らには迫っているのだ。税金という名のこの世で最も執念深い魔物が涎を垂らし、俺らの背後からその臭い息を吹きかけている。


 もちろん、行脚の報酬として中々の額を頂いているため、金銭に困っているわけではない。しかし、狩人ギルドに加入している俺らの税金はギルドを通して国に振り込まれる。手持ちの金銭をギルドに渡してそれで税金を賄うことも可能だが、本業を狩人とする俺らにとって、それはあまり好ましい手段ではあるまいて。


「取り合えず、何か丁度いい依頼はありますか?学院があるので、あまり長期のものは厳しいのですが…」


「ええ。ええ。ありますとも。丁度、この王都から近い場所で魔物が活性化しているのです。…お得意でしょう?魔物を狩るのは」


 俺らの依頼実績を見ながら狩人ギルドの受付のお兄さんはそう言い放った。手を籾摺りしながらそう言葉を紡ぐ彼の様子にはどこか胡散臭いものがあったが、示した依頼は俺ら好みの単純な魔物の見敵必殺サーチアンドデストロイ。特定の魔物を探す必要も無ければ、環境を荒らす原因を特定するだとか、そういった面倒なことを含んでいない。とにかく魔物を見つけて狩ってこいというものだ。


「ええと…場所は…メイバル男爵領…!?」


「ご存知でしたか?そこでしたら王都から半日も掛からずに行けますので、問題はありませんでしょう?」


 傍らにいたナナやメルルもその依頼内容を確認するように机の上に目を落とすが、そこに書かれていた目的地に思わず声を荒げた。まさか、こんな所でその名前が出てくるとは思わなかったため、俺もその声に誘われるようにして、顔をそちらに向けた。


「向こうの狩人ギルドは出張所しかありませんので、よくこちらに依頼が回ってくるのですよ。いい狩場なのですが、王都に近いせいか中々人が居つかないのですよね。何かあれば王都から出向けば十分ですから…」


 俺らの驚きとは裏腹に、受付のお兄さんは依頼の内容について語ってゆく。宮廷貴族であるマッティホープ子爵とは違い、メイバル男爵は領地を持つ貴族だ。そのことを既にメルルから聞いていたため多少の知識はあったが、その領地が何処にあるのかは聞いていなかった。


 依頼書の内容を見て、俺はメイバル男爵領が何処にあるのかを知った。王都の水源である湧水の森。その湧水の森の西部には、山岳地帯が広がっているのだが、その山岳地帯の一角がメイバル男爵領らしい。


 あの辺りの山岳地帯は常雪を蓄える高山が犇いている訳ではないが、王都の近郊と比較すれば中々に自然豊かな土地で魔物も数多く存在している。それでいて王都まで距離が近いため、王都に住まう大量の人間の台所を支える生産地の一つであるはずだ。


 一応は領地貴族であるメイバル男爵家と宮廷貴族であるマッティホープ子爵家が繋がっているのはそんな背景もあるのだろう。所詮は男爵領で大した広さも無く、他にも王都の周囲には有力な領地を治める貴族も多い。だからこそ、宮廷貴族と結びついて地位をより強固な物にする狙いなのだ。


「ハルト様。折角ですから受けてみませんか?これも何かの縁かもしれませんし…」


「…まぁ、条件はかなり良いな。丁度良いしこれにするか…」


 別に俺らでメイバル男爵家について調べるつもりは無かったのだが、かと言って避けて通るつもりは無い。俺は細かな条件に目を通すと、受付のお兄さんが差し出した受注書にサインを書き込んだ。


 手続きを終えると、俺らは示し合わせたかのように併設された食堂の一席に向かい腰を下ろす。そして、受付のお兄さんに貰った依頼書をテーブルの中央に広げて全員で覗き込んだ。受注前に確認はしているため、今更依頼について話し合う箇所は存在しないのだが、それは今回の依頼だけを考えたらの話だ。


「まさか狩人ギルドでメイバル男爵領の依頼が出てるなんて思わなかったね」


「さっきの話を聞く限り、男爵領の依頼は王都のギルドに来るのでしょう?ですからまぁ有り得なくは無いですわね」


「こんな近くだったんですね…。もっと遠くだと思ってました…」


 彼女達もまさかこんなところで名前を聞くとは思わなかったと、口々に驚きを言葉に表す。


「メイバル男爵領かぁ…。受付の人は良い狩場って言ってたけど、前にハルトからここいらの狩場を聞いたときには言ってなかったよね?」


「確か…、魔物の生態的にはあの山岳地帯は湧水の森とそう変わらないんだ。だから、王都から出向くんなら湧水の森で事足りる」


 手前に同じような狩場があるのならば、わざわざ遠くに出向く必要は無い。だからこそ、俺はその山岳地帯を特に意識したことは無かったのだ。


「てことは…、男爵領の人からの駆除依頼で…出向く程度ってことですか…?」


「この依頼も魔物素材ではなく駆除が目的のようですわね。活性化していると言っておりましたが…要因の特定は他の者に依頼されたのでしょうか。とにかく狩ってこいということは、かなり活性化しているようですわね」


 素材が目的でない魔物討伐依頼は、間引きが目的であることが大半だ。そして間引きが目的である場合、常に気を使って魔物を討伐する必要があるのだ。というのも下手に駆っただけでは被害は減ることは無く、増加することだってあるからだ。


 草食の魔物を狩れば、餌の少なくなった肉食の魔物が人里に下りることもあるし、逆に肉食の魔物を狩れば、天敵のいなくなった草食の魔物が増え、餌を求めて畑を荒らすこともある。今回のように兎に角無作為に狩猟するという依頼は、既に生態系が乱れていて被害が続出しているような状況だと推測することができる。


 メルルが言いたいのはその点についてなのだろう。生態系が乱れているのなら、そこにはなんらかしらの要因がある。俺らが数を狩って被害を低減させたところで、その要因を排除できなければその場しのぎにしかならない可能性だってあるのだ。


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