名残を追って
第516話 お母様の仰せのままに
◇お母様の仰せのままに◇
「思いのほか、身近に取っ掛かりとなる人物が居たようですわね」
あの夜会から数日たった後、俺らは東屋に集まってメルルの話を聞いていた。メルルは俺らにみせるように手紙を机に押し付けると、タルテ謹製のハーブティーに手を伸ばした。既にあらましは耳にしているため、手紙の内容については察しているものの、具体的な内容を知るために俺はその手紙に目を落とした。
メルルの手紙は彼女の実家から齎されたものだ。というのも、メルルの生家であるゼネルカーナ家は王家の影として国内の貴族を探ることを生業としているため、各種貴族の情報に精通しているのだ。だからこそメルルはヴィロートのことを調べるため、まずはグレクソン・マッティホープの情報を実家に請求したのだ。
「グレクソン・マッティホープ…。マッティホープ子爵家の前当主。現在のマッティホープ子爵家は彼の子息であるアントルドンが継承しており…、オルドダナ学院に孫であるヒュージルが在籍している…と」
「お孫さんがいらっしゃるのですね…。どこの学科でしょう…?」
「嫡男だから政務科みたいだな。もしかしたらナナやメルルと面識があるかもしれないが…」
この情報によるとマッティホープ子爵家の嫡男がオルドダナ学院にいるということだ。ヒュージルの推薦人であるグレクソンからしてみれば孫に当たる存在だ。俺の言葉を聞いてメルルのナナもヒュージルを思い出そうと記憶を探るように視線を上へと漂わせるが、あまり芳しくない。どうやら二人とも会った覚えは無いようで、溜息と共に首を横に振った。
「残念ながらお会いしたことはありませんね。…生憎とあまり殿方との交友関係は広くないのですのよ…」
「あはは…。メルルが覚えてないなら、私はもっと難しいかな。どうにも人の顔と名前を覚えるのは苦手で…。会った事ないか会った事はあっても覚えてないや」
ナナは苦笑いしながら貴族令嬢としては少々不味いこと語る。メルルはナナと違い人の名前と顔を覚えるのは苦手ではないため、彼女が会っていないと言うのならばそれは本当のことなのだろう。もちろん、俺もタルテも初めて聞く名前であるが、オルドダナ学院の規模を考えれば全く会わない人間がいてもおかしくはない。
「流石に嫡男の詳しい情報までは我が家も持っておりませんでしたが…、そこはサフェーラが知っておりましたわ。こちらが彼の簡単な情報になります」
「見たところ…普通の生徒みたいだね。へぇ…領地経営学を取ってるなら、もしかしたら見たことはあるのかも」
「学院の生徒の大半は普通の生徒ですわ。学院に潜む猫と戯れたり、休日に
メルルが簡単な情報と言ったとおり、嫡男であるヒュージルの情報は在籍している学科や交友関係が書かれている程度だ。ここにエルフの生徒と仲が良いだとか、夜な夜な怪しい者達とどこかに赴いていると書かれているのなら話が早かったのだが、そう上手くはいかない様だ。
「というか、そいつはヴィロートのことは大して知らないだろ?五年前に推薦人になって、その翌年に推薦した祖父が死んだんだから、ほとんど接触は無いはずだ。…歳だって十歳程度の頃か?」
欲しい情報はヴィロートについての情報だ。奴に関しての直接的な情報が無いのならば故人であるグレクソン・マッティホープ前子爵の交友関係に関しての情報が欲しいところだ。ヴィロートとグレクソンの付き合いが長かったのであれば周囲の者が覚えているはずだろうから、恐らくは誰かヴィロートをグレクソンに紹介した者が居るはずだ。その者自身が紹介人になっていないことを考えるに、商人などの平民の知人だろうか…。
「こちらが、アントルドン・マッティホープ子爵の…というよりもマッティホープ子爵家の情報ですが、こちらも大した情報はありませんね」
「ゼネルカーナ家でも調べ切れてないってこと?」
「むしろ今までは煙が立った事が無かったと言ったほうがよいですわね。単なる子爵家。それも領地も無く大した役職についてもいない家なぞ、わざわざ調査することのほうが少ないですから」
そう言いながらメルルは手紙に同封された報告書の一部を指差す。そこには調査中という文字が数多く書かれており、現在は情報の更新中である様子が伺える。どうやら、ヴィロートのことを受けて、ゼネルカーナ家も調査に乗り出したばかりのようだ。
「…どうする?メルルの家が調べてるんなら、その情報を待ってみるか?」
他が動いているのならわざわざ俺らが動く必要も無い。タルテのために情報は欲しいところだが、メルルを通してこれからも情報を融通してもらうことは可能だろう。裏の情報はメルルから、表の情報は第三王子から。その二つの情報源があればエルフ達がタルテを狙うために動けば先にそれを知ることも可能だろう。
「…それが、そうもいかないのですわ。見てくださいまし。この手紙。…まったく。私、お母様の奴隷じゃありませんのに…!」
実家の店番を強要される暴君のようなことを言いながら、メルルは俺らに手紙を差し出した。その手紙は情報を纏めた報告書ではなく、彼女の母親からの私信…というよりも指令書に近しい物であった。
文面は要するに調査に協力しろといったものだ。標的はこの学院に在籍しているヒュージル・マッティホープ。つまり嫡男のヒュージルが在籍しているオルドダナ学院にメルルが居るものだから、丁度いいと判断されたのだろう。
「私達で…このヒュージルさんを調べるのですか…?」
「ええ。と言っても暫く監視する程度で大丈夫でしょう。私の家がマッティホープ子爵家をつついてますから、何かしらの動きがあるかもです。…もちろん手伝ってくださいますわよね?」
…まだ歳若いヒュージルがヴィロートと繋がっていたとは考えづらい。つまり限りなく白である標的を調査するのは非常に詰まらないものになることだろう。それを想像して、俺はつい惚けるように首を傾げてみせた。
「てつ…だい…?」
「ま!?何ですか呆けてみせて!?ナナとタルテは調査には役に立たないのですからお願いしますよ…!?」
「…メルル。…確かに苦手だけど、それは無いんじゃないかな…」
「はう…申し訳ないです…。でもでも…!お話を聞くのは得意ですよ…!懺悔を聞くことも多いですから…!」
まどろっこしいことが苦手なナナがジトっとした目でメルルを睨み、肉体言語が母国語になりつつあるタルテが悲しそうな顔を浮かべるが、すぐさま待ちなおすように元気良く両の拳を構える。…懺悔とは光の女神の教会での告解のことだろう。決して尋問や戦場での遺言ではない筈だ。
「とにかく、ご協力お願いしますね。それぞれ分担して動きましょう」
ふざけるのはお終いと言いたげに、メルルは今後の方針を言い切る。そしてにっこりと微笑むとお淑やかな動作でハーブティーに口を付けた。
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