第514話 お疲れ様会の一幕
◇お疲れ様会の一幕◇
「ほら、ハルト。クラバットが緩んでるよ」
ナナが俺の首元に手を伸ばして、そこに巻かれたスカーフのような布を整える。ナナに首を差し出す形になるため、自然と俺の顔は天井に向かうが、そこには豪華なシャンデリアが釣り下がっており、煌びやかな光で夜会を彩っている。
この王城の広間の一つで開催されているのは、豊穣祈願の行脚を労うための夜会だ。幸いにも身分や肩書きによって場所が仕切られているため、俺らの周囲はそこまで格式ばった様子は無いが、それでも普段着で参加するわけにも行かず俺はナナに借りた正装に身を包んでいる。
「もう少し、緩くできないか?…窮屈な着物はどうしても苦手で…」
「駄目だよ。こういうのは着崩すと誘ってるように見られるんだから。…勘違いしたオバ様方に持ち帰られるよ?」
ナナが整えてくれた服を緩めるように俺は身じろぎするが、彼女の言葉を聞いてそれを取りやめた。俺のあからさまな反応に、傍らにいたメルルとタルテも可笑しそうに軽く笑っている。俺とは違い、メルルは勿論の事、ナナとタルテも着慣れていないドレスを見事に着こなしている。男装の多いナナと修道服の多いタルテは俺と同じ側の人間だと思っていたのだが、まさしく自然体といった様相だ。
「まぁ、そこまで気を使わなくても大丈夫でしょう。中には貸衣装屋で拵えた人も多いようですし…」
メルルの言うとおり、ここいらにいるのは参加した役人や騎士、その伴侶などの低階級の人々だ。俺のように着慣れない格好に窮屈そうに身を捩っている人も多い。ナナもメルルももっと豪勢なドレスを持っているが、今は周囲にあわせて随分と控えめな格好だ。
それでも、本人達が見目麗しいため、控えめと表現するのは憚れてしまう。それを肯定するかのように、周囲からは彼女達に多くの視線が向けられており、共に過ごしている俺にも刺々しい視線がおすそ分けされている。
煌びやかな彼女達の彩の一部に、俺の作った宝飾が加わっているのを見ると、どこか誇らしく思えてしまう。俺の視線を感じてか、彼女達は示し合わすようにその宝飾品に手を触れた。
「タルテ。付け心地はどうだ?取れそうなら直ぐに調整できるけど…」
「えへへ…問題ありませんよ…!どうです…!?綺麗ですか…!?」
タルテが手を伸ばしたのは自身の角に付いた角飾りだ。角飾りと言っても、
夜会において何かの拍子に彼女の角が他人のドレスに引っ掛かれば、容易くそれを引き裂くことになるだろう。だからこそ、彼女のために夜会用の煌びやかな角飾りを新たに拵えたのだ。因みに、彼女は既に就寝用、訓練用、着替え用など複数の角飾りを使い分けている。
「あれ?ねえ…メルル。…あれって」
「…あら。まさか、こんな所にやって来ますとは…。これはもう少し忠告しておくべきでしたわね…」
片隅に陣取って夜会を過ごしていると、俄かに周囲が騒がしくなる。その喧騒の先に視線を向ければ、そこに現れた存在にナナとメルルが苦笑いを浮かべた。
喧騒の先にいたのは第三王子とそれに付き従うモルガンだ。上の階級の人間が、下の階級の人間の居るエリアに足を伸ばすことはあるものの、その頂点である第三王子が姿を現すとは思っていなかったようで、誰しもが慌てているのだ。
「四人ともこんな隅にいたのか。随分と探したぞ」
「…以前にも申しましたが、我が家はあまり第三王子に肩入れするべきではありません。ジェリスタ王子にそのつもりは無くとも、周囲が…」
「だから不用意に話しかけてくるなと言いたいのだろう?だが、この夜会では唯一の同世代なのだ。少しくらいなら邪推する者もおるまい。今ばかりはそう邪険にしないで欲しいのだが…」
影であるゼネルカーナ家は一人の王子に肩入れできない。それを知った上で第三王子は大目に見てくれと彼女に頼み込む。台詞だけならぶっきらぼうにも聞こえるが、どこか幼げな表情で懇願するように言うものだから無碍にしづらい。
確かにそこまで神経質に避けるのもかえって不自然であるため、メルルは仕方無さそうに苦笑いを浮かべた。事実、既に第三王子と共に崖下から生還した話は広く伝わっているのだ。まったく関わりあわないのも妙な話である。
「それに…例のエルフの件で伝えたいことがあってな。…あまり風潮するのもどうかと思って直接言いにきたのだ」
密やかな話だと、第三王子は声のトーン落としてそう呟いた。そして半歩ほど俺らとの距離を詰め、背後の彼らがやって来た方角を見ながら言葉を続けた。
「ほら、例の裏切り者が居ただろ?農務院の文官で情報をエルフに流していた奴だ。そいつの身元を洗ったところ、家族はおらず独り身で…出身地は王都になっていたのだが…どうにも虚偽の可能性が高いらしい。単なる金で裏切ったというよりは、事前に仕込まれた者のようだな」
「経歴が詐称されているんですか?そんな人間がなんで王府に…」
第三王子の言葉に思わずナナが眉を顰めた。農務院というあまり
「出身も解らないと言う事は平民の文官なのでしょうか?ならば推薦人が居るはずですが…」
「もちろん推薦人は記録されている。実を言うとその推薦人のことを伝えにきたのだ。…その前に二人は推薦人について知っているのか?」
言葉の途中で第三王子は俺とタルテに尋ねかける。言葉からその意味は推測できるが、正確に知っているわけではないので、俺とタルテは示し合わせたかのように首を横に振った。
「ハルト様。王府には平民の方々も多く働いておりますが、いくら実力があっても得体の知れない人物を雇うことはまずありません。そのため、貴族家などからの推薦状は必要になるのですわ」
この国は基本的に縁故採用が蔓延っている。というのも戸籍が厳密に管理されておらず、教育不足からか民度も高くは無いため、中々に信頼の置ける人材を得ることが難しいのだ。俺からしてみれば前時代的にも思えてしまうが、登場人物半分悪人の世界では合理的な手法なのだろう。経歴不問や学歴不問という求人はあっても、身元不問という求人は中々存在しない。
そして、その農務院の裏切り者にもちゃんと推薦人がいたらしいのだが、どうやらそこに問題があったらしい。第三王子は果実水で口を潤すと、再び周囲を確認するように目を這わせてから言葉を続けた。
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