第513話 次のお祈りトレンド

◇次のお祈りトレンド◇


「ようやく王都に帰ってこれたね。ほんの二月ほどだけれど…随分と長く離れていた気分になるよ」


 ナナが馬車の窓から外の風景を覗き、感慨深そうにそう呟いた。後処理が大変だとぼやいていたアデレードさんの言うとおり、あの後は長らくヴィリデザルトの街に足止めされることとなった。特に逃げたエルフ達の捜索に祭祀の一族の処理。大雑把な後処理を手がけたが、未だにあの地は落ち着いたとは言えない状況だ。


 それでも第三王子が何時までも居座るわけにはいかず、王府から呼び寄せた役人と入れ替わるように岐路に着いたのだ。ヘルドラード子爵は降爵や奪爵の憂いには遭わずには済んだものの、統治能力に難がありと目を付けられることとなったらしい。本人曰く、押し付けられたような領地であるため、そこまで深刻に考えてはいないようであったが…。


「おお…沢山の人が並んでますよ…!出発のときより沢山います…!」


「既に第三王子の活躍は王都に伝わっていますし、それで人が集まったのでしょうね」


 パレードと表現するには少しばかり寂しいが、それでも進行方向の道端には多くの人が肩を並べ、行脚の一団の帰還を祝福するかのように手を振っている。そもそも事前に告知して回っているわけでもないのにここまで人が集まっているのだから上々だろう。


 その人並みをなぞるようにしながら、馬車列は道を進んでゆく。そして、かつて出立式を行った広場に辿り着くと、皆が次々と馬車から降りて長旅の終わりを噛締めるようにその身を伸ばした。王都に到着したといっても、これから帰着式があるそうだが、これまでの苦労と比べれば大したのもではない。まるで手早く済まそうという共通潜在意識があるかのごとく、あっさりと帰着式は執り行われた。


「皆様、お疲れ様です。…本当に皆様に助けられてばかりでしたね。ジェリスタ王子にも良い影響があったようで感謝の念が尽きません」


 俺らが帰る準備をしているとアデレードさんが俺らの元に立ち寄って来て右手を差し出してきた。彼女も大分苦労した旅路ではあったが、やりきったという感慨が大きいのか、どこか清清しい表情を浮かべている。俺らはアデレードさんに応えるように握手を交わした。


「こちらもいい経験ができました。なんだかんだ言って騎士に任せることも多かったので、気楽な物でしたよ」


 崖から落ちたり蟻の大群に襲われたり、寄生されかけたりしたことを除けば気楽な旅ではあった。事実、最も気苦労が大きいのは道中の警護と野営なのだ。今回の旅路ではそれらは騎士に任せて俺らはゆるりと出来たため、中々に気楽ではあったのだ。


「ジェリスタ王子も貴方方に挨拶をしたかったそうですが、あの状態ですので…」


「仕方ありませんわ。むしろ巻き込まないように近付かないで欲しいですわね」


 チラリと皆の目線がジェリスタ王子の方に向くが、そちらには立派な人垣ができている。襲われたということもあって、お迎えの近衛が犇いておりそこだけは物々しい空気が漂っているのだ。あの状態では俺らが別れの挨拶をしにいくのも、向こうが此方に歩み寄るのも難しいだろう。


「あらあら、皆様御揃いで。…アデレードお姉さまもお帰りなさいませ。無事のご帰還、誠におめでとうございます」


「…サフェーラ。貴方の紹介の方々には大変助かりました。いい友人を持ちましたね」


 俺らが輪を作っていると、そこに一人の女性が加わってきた。アデレードさんの妹であり、俺らに今回の話を依頼してきたサフェーラ嬢だ。事前の連絡を聞いて俺らの帰還を待っていてくれていたのだろう。彼女は俺らの無事な姿を見ると、安心したように微笑んだ。傍らにはイブキも付いてきており、彼女は何も語っていないが俺らの安否を確認するように視線を這わしている。


「まったくもう…。…当初の依頼料では割に合いませんわよ。追加料金はしっかりと請求いたしますから」


「それはもちろん。聞きましたが大層なご活躍であったと…。何故私も着いて行かなかったのかと後悔するほどでしたわ」


「こら、サフェーラ。危険な任務であったんですよ。物見遊山のような態度は止めなさい」


 メルルからのじっとりとした視線に、サフェーラ嬢は微笑を返す。彼女の耳が早いのか、あるいは第三王子の手柄として大々的に告知されているのか、サフェーラ嬢はどんな旅路であったか知っているようだ。その会話を耳にして、どんな内容が噂されているのか心当たりのあるタルテが苦笑いを浮かべている。


「たしか…聖樹教でしたっけ?土着の宗教を滅ぼして、新たな宗教を樹立したとか…。ジェリスタ王子殿下のご威光によるものとされてますが、なにがあったか詳しく聞きたいところですわね」


「あはは…。その…、それは成り行きでそうなってしまいまして…」


 祭祀の一族が処断され、心の拠り所を失った者達が行き着いたのが、一刻にも満たぬ時間だけ聳え立った光る巨大樹を崇める新しい宗教だ。話だけ聞けば馬鹿らしくも思えるが、その聖樹の存在のお陰で戦闘後の混乱が少なく済んだのも事実である。


 だからこそ、第三王子も新たに生まれた宗教を弾圧するのではなく、それを上手く利用して浮き足立ったバグサファ地方を平定せしめてみせたのだ。それほどにあの光る樹は神聖な存在感を放っていたのだ。タルテが言うにはあの降り注いだ光の粒子には豊穣の力が込められていたらしいので、決して張りぼての存在ではないことも大きいだろう。


「あれは溜め込んだ未練が転化したものですわ。見たかったら屍山血河を築いてくださいまし」


「あら、祈る相手としては少しばかり物騒ですね。…心配しなくてもこちらでも第三王子に擦り付けますから安心してくださいね」


 流石に聖樹の巫女としてタルテが祭り上げられるわけにはいかない。だからこそ、後処理は任せてくれという意味合いを込めてサフェーラ嬢はそう言葉を紡いだ。その対価として、何をなしたのかを冒険譚として聞き出そうとするのだろう。


 土産話が報告書代わりになるのだから此方としても構わないのだが、女性だらけのアウェイなお茶会に誘われることを考えると素直に喜べない。俺は旅で消費した物を買い出す事を言い訳にして、その報告会をナナ達に押し付ける算段をひっそりと脳内で組み立てた。


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