第511話 勝利の後の訪問者
◇勝利の後の訪問者◇
「荘厳な物だな。…やはり、長老の目には間違いが無かったらしい」
光の降りしきる中、既に死に絶えた森の奥から声が掛かる。…風魔法を用いた欺瞞工作。俺の知覚に触れることもせずに近付いてきた者に、俺は即座に剣先を向けるように身を翻した。死に絶えた森の暗がりから姿を現したのはエルフの偉丈夫。ミストルティンを放った弓使いではなく、その同胞であるレキュラと名乗っていた者だ。
レキュラもあの弓使いと同様に、どこか民族的な文様の刻まれた弓を手にしている。その偉丈夫は森の影から姿を現すと、光の粒子に手を翳しながら俺らの方へとゆっくりと歩んできた。…何のためにここに来たのだろうか。ミストルティンを放った弓使い…シュルジュならば解らんでもないが、レキュラが足を運ぶ理由はここには無い。まさか戦勝の挨拶に来たわけでもあるまいに…。
「何しに来たんだ?そっちの持ち場は後方だろ?」
俺は奴の歩みを止めるためにそう声を掛けた。凸スナじゃあるまいし何しにここに来たのか。今は味方のはずだとは言え、その行動は警戒するに値する。しかし、俺の警戒する様子は伝わっているだろうに奴はその態度を崩すことは無い。
「そう警戒しないでくれ。お嬢さん方。…まずは見事なそのお手並みに賞賛の声を送ろうか…」
「あら、それはわざわざありがとうございます。ですが、そのようなお話は拠点に帰ってからにしませんか?」
メルルも暗にそれ以上近付くんじゃねぇと言い放つが、レキュラは足を止めたものの飄々としている。折角のタルテが作り出した幻想的な光景に水を差された気分だ。…こいつはメルルやナナが捕らえた筈なので、その仕返しに来たと考えることもできる。俺は彼女達を庇うようにゆっくりと移動した。
俺とレキュラの間に張り詰めた空気が流れる。奴は弓を構えてはいないが、そこには矢が番えられており、すぐさま撃てるような状態だ。とてもじゃないが油断できる状況ではない。光の粒子が降り注ぐ中に沈黙が訪れたが、その静寂を打ち破ったのは俺でもレキュラでもなく、別の方向から飛来した一本の矢であった。
「…シュルジュ。なんのつもりだ」
「レキュラこそ何してんだよ。私に身勝手なことするなと言っておいて、お前が勝手してるじゃないか」
矢はレキュラの足元に突き刺さり、反射的に奴は後方に飛び退いた。そして、奴はその矢を放った者を非難するように、刺々しい視線をそちらに向けた。追加で現れたのはミストルティンを放った弓使いであるシュルジュだ。奴はレキュラからの視線に対抗するように、怒気を孕んだ目を彼に向けている。
まさかの仲間割れに、俺は状況を見守るように目を這わす。二人ともどういうつもりでここに姿を現したのか不明だが、どうにも穏便に済みそうな気配は無い。俺は双剣の片方をレキュラに向けたまま、もう片方を新たに現れたシュルジュへと向けた。
「お前だって見ただろう。そちらのお嬢さんの力量を。…彼女がいれば
「…そもそも私はその目的にも納得していない。何故、誇りある
豊穣の
「おや。長老の決定に異を唱えるつもりか?」
「それもお前が唆した事だろう。あんな物が無くても私達はやっていけるはずだ」
エルフの長老であるジュドゥルゥは全てを打明けるといって出頭した。しかし、その出頭にはまだ秘密が隠されていたらしい。そもそもの話、彼はこの地の者のために蛮行に及んだといっていたが、何故彼がそこまでこの地に尽くしたのだろうか。かつて統治していた地だと言ってもそこまで献身するものなのだろうか…。
それに目的に対してやり方にも疑問が残る。もっとやりようがあったはずなのに、彼らは武力行使に打って出てきたのだ。その影にはまだ秘密が残ってる。その秘密が今こうして彼らの行動の理由になったのだろう。
「…おい。双剣使い。ここは私が抑えるからお前らはさっさと街に戻れ。こいつの狙いはそっちの羊頭の女だ」
「おいおい。それは困るよ。これからそのお嬢さんをお誘いするつもりなんだ。…どうかな。豊穣のお嬢さん。我等が一門に加わらないかな?」
そう言いながらレキュラは仰々しい動作でタルテに手を差し出す。それを見て、タルテは驚くと同時に困ったような顔を浮かべて、俺の後ろに隠れた。
「ひぇ…!?ご…ご遠慮いたします…!」
「…だとさ。なんだ、随分嫌われてるみたいだな。…お前の笑顔は胡散臭いんだよ」
タルテの対応にシュルジュはレキュラを笑ってみせる。袖にされた彼は手で目元を隠すと、大げさな動作で肩を竦めて見せた。それを傍目に見ながら、ナナとメルルもタルテを守るように俺の脇へと並んだ。
彼らの言葉で確定したが、どうやら豊穣の力が目的のようだ。豊穣の
「…ま、簡単に頷いてくれているとは思っていなかったよ。本当なら、戦場で孤立したところを仲間がエスコートする予定だったのだけれども…、まさか打ち倒してしまうとはね…」
「おい。私はそんな事聞いてはいないぞ。また長老と何か企んでやがったな」
俺らとシュルジュ、五人から険しい視線を注がれて、堪らずレキュラは両手を挙げて争う気は無いと示してみせる。
「念のために誘っただけさ。今回は素直に引かせてもらうよ。…シュルジュ。君も付いて来るんだ。セニャーシャも既に向かっているはずさ」
「あ、おい待てよ!…本当に勝手なのはお前じゃないか…」
そう言ってレキュラは森の奥へと消えてゆく。そちらは橋頭堡とは反対方向で、少なくともヴィリデザルトの街へと帰るつもりなら向かう必要は無い。奴が完全に見えなくなってから、俺は静かに口を開いた。
「おい。弓使い。結局なんだったんだよ」
「…シュルジュだ。エルフの大半は弓使いなんだから名前代わりにはならないだろ」
「それでシュルジュ。何で助けるようなマネを?」
「助けたんじゃない。私が奴のやり方が気に食わなかっただけだ。…気に食わないことに長老やレキュラの最終的な目的は
偽物を掴まされたときの奴らの顔は大層な見物であったと、シュルジュは軽く笑った。…偽物だと知って、そしてタルテの正体に思い至ったのだろうか…。ジュドゥルゥは妙にタルテに責任を負わせる言葉を吐いていたが、もしかしてそれはタルテの力量を確認するためであったのだろうか。あるいはレキュラが言っていたように積極的に攻めさせて孤立させるつもりであったのか…。
「…私ももう行くぞ。…また、レキュラが迷惑を掛けるだろうから、次会う時も敵同士だろうな…」
「あ…!あのあの…!ご協力ありがとうございました…!」
タルテのお礼を背中に浴びながら、シュルジュもレキュラの後を追うように森の奥へと消えてゆく。造反していたようだが、まだ二人は袂を分かつつもりは無いらしい。再び静けさを取り戻した森の中で暫く佇んだ後、俺らは帰還すべく、奴らとは逆の方向に歩き始めた。
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