第510話 血は地へ還り、誰かの乳となる
◇血は地へ還り、誰かの乳となる◇
「ナナ。悪いが炎の結界に穴を開けさせてもらうぞ」
弓使いから放たれた風を纏う一矢を誘うように、俺は風の通り道を作り上げる。他人の魔法を受け取り制御するのは中々に難しいが、普段からナナで慣れているためさほど困ることは無い。光を帯びて空を進む矢は、俺らの上空に辿り着いた途端に進行方向を変え、ほぼ垂直に俺らに向かって降下してくる。
俺はそれに合わせて旋風を手元に招来する。ナナは俺の言葉と旋風を見て、まるで馬車の座席を詰めて譲るかのように、自身の魔法に隙間を空ける。俺はその譲られた空間に自分の風魔法を流し込み、飛来する矢の通り道を作り出した。
「ハルト様!タルテ!まだですの!?あまり長くは持ちませんわよ!」
「矢が来れば…!直ぐに終わります…!それまで耐えれば…」
俺らに寄生しようとする数多の触手を相手取りながら、メルルの悲鳴に似た声が響く。細い末端の触手はナナの炎の結界によって即座に燃やされるものの、幹のように太い触手は、メルルが回転ノコギリで切り裂いて防いでいるのだ。
もちろん彼女だけでは全方位を守りきれるわけでは無いため、俺も戦闘には参加しているが、矢の通り道を魔法で構築しているため全力で戦えている訳ではない。
「ハルト。こうなったら全方位を吹き飛ばす?」
「勘弁してくれ。爆風が渦巻いたら矢が何処に飛んでくか分かったもんじゃない」
ナナは更なる火力支援を要請するが、生憎とこの瞬間だけは大人しくして欲しい。俺は彼女に言葉を返しながら、空から飛来する小さな光に目を細めた。
タルテが弓使いに頼んだのはミストルティンの矢だ。その事を弓使いから聞いて、俺はタルテが何をしようとしているか察しが付いた。ミストルティンとはつまりは宿り木。それが矢の素材に使われているのだ。
「来るぞ!三人とも風圧に注意してくれ!」
「こっちも準備万端です…!直ぐに取り掛かれます…!」
かの春日大社にも風神たる
矢が突き立った瞬間に、そこに潜まれていた風が暴風となって吹き荒れるが、俺はその風を操ってなるべく上空に逃がす。それでも爆ぜた風は俺や彼女達の服をはためかせ、焼けた触手達を遠のかせるように押し留めた。…もともと、攻撃を意図した矢ではないはずなのに、妙に風の勢いが強い。弓使いからの嫌がらせだろうか…。
「それが、タルテの
「見ていて下さい…!これが
白いゴム質の体表に突き立った一本の矢。それは巨体を誇る
突き立った
宿り木は冬でも葉を枯らさない
「全ては無限の光に満たされている…!光は無限に収縮し…虚空すらをも創造す…!そして無限の光から一筋の光が生れ落ちる…!芽吹け
突き立った矢が眩いほどの光に包まれ、瞬く間に膨張してゆく。矢の軸は既に軸としての形を失い、樹木の形状へと変化し成長していった。まるで早送りのように成長していく光る木に、俺らは場所を奪われて飛び退くようにその場から離れた。
「タ、タルテちゃん!ほら!もっと下がって!」
「ご…ごめんなさい…!まだ祈りの途中で…!」
白く透き通った光を放つ木に向かって両手を掲げているタルテを、ナナが抱きかかえるようにして後退させる。それでもタルテは手を下ろすことは無く、それに応えるように尚も木は巨大化していく。既に木は見上げるほどに大きく成長しており、幹も手を回せぬほどに太くなっている。
「見て下さいまし…!あの気持ち悪いウネウネの動きが止まっておりますわ!」
外に向けて飛び退いた分、俺らは寄生幹との距離が近くなるのだが、元気いっぱいに迫ってきていた寄生幹は動きが鈍くなっている。ここまで来ればナナもメルルも何が起きているのかは理解したのだろう。急速に成長する大樹を見上げたあと、その根元に目を落とした。
畑に豊穣の力を施す際に、タルテは木属性の魔力を用いれば急成長させることができるとも言っていた。しかし、それは諸刃の剣であり急成長させると足りない栄養素を根こそぎ大地から吸収してしまうらしい。
「凄いね。どんどん弱ってるよ。もう燃やす必要も無いみたい…」
「寄生する側が今度は寄生される側に回ったんだ。今まで自分がやってきたことをやり返されているわけだな…」
既に大樹は異様なほど高く大きく成長し、枝葉も森を覆い隠すほどに広がっている。今なら橋頭堡どころか、ヴィリデザルトの街からもその神聖な光を見ることができるだろう。生命力を根こそぎ奪われた
それを待っていたかのように
この地で産まれたものは死後この地へと還る。神と崇められ、その輪廻を掠め取っていた異形の怪物もまた、その理からは逃れられはしない。降りしきる光の粒子を浴びながら、誰しもがその光景を見上げて言葉を無くしていた。
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