第509話 弓使いのエルフが放つもの
◇弓使いのエルフが放つもの◇
「…あの羊頭。私に頼んでおいて…、随分と厄介な所にいるな」
私は風で把握した奴らの位置を感じて、思わず舌打ちをしてしまった。あの双剣使いが風で知らせてきたのは、異形の白い化け物が蠢く中心地なのだ。距離は差ほどではないが、大量の触手が蠢いている中を抜くのは、中々に困難なのだ。
それでもやれると言った手前ここで躊躇うわけにはいかない。私はあの羊頭に加護を施してもらった矢を矢筒から取り出し、それを静かに弓に番えた。彼女の加護を受けたとはいえ、それ以前にこの矢はミストルティンと呼ばれるヤドリギから作り出した特別な代物だ。彫られた文様は私の魔力を宿し、風魔法に対してこの上ない親和性を見せるのだ。
風を読み、細く長い射線を構築する。風で着弾地点を確認すれば忌々しい魔力が結界を張っているのがわかる。私は溜息と共に、双剣使いの風に私の風を繋げた。
『おい。双剣使い。なんだその炎の魔力は。射抜くのに邪魔になるぞ』
『ああ、こっちまで飛ばしてくれれば、後は俺が導くから問題ない。…見えてるだろうが、この結界を解くと白い触手が殺到するんだよ』
私が文句を言えば、あいつはふてぶてしい態度で言い返してくる。わざわざ私が協力しているというのに、何たる言い草だ。…私の風が宿った矢を容易く乗っ取ると言い放つその力量にも腹が立つ。
『…目標の近くにお前らがいるんだぞ?私は味方を撃ったと
『構わねぇから早く撃ってくれ!こっちで上手く受け取るから!』
…向こうは随分と佳境のようだ。奴が窮地に陥っていると思うと、少しばかり胸のすく思いがする。…思えば、あの双剣使いの存在が私をこの戦場に連れてきたようなものだ。まさか同じ戦場で肩を並べることになるとは思わなかったため、少しばかり不思議な気持ちになってしまう。
そもそもの話、私は今回の仕事について乗り気ではなかった。ジュドゥルゥの爺さんが言い張るから、私も
始めは生意気にも風の結界を張る平地人の風魔法使いがいると思って、意趣返しに風を纏った矢を射ってみたのだが、私の矢は奴の結界を抜いたものの、双剣使いは瞬時にそれに反応して切り捨てて見せた。
面白い。そう思った私は、そこで始めて今回の任務に興味を抱いた。
次の戦場でも奴は水魔法使いの協力を得ながらも、私達の攻撃を全て凌いで見せたのだ。平地人の風魔法使いでもここまでやるのかと半ば感心していると、ジュドゥルゥの爺さんは奴がハーフリングだと言い切った。私にはそう言われても解らなかったが、ジュドゥルゥの爺さんは奴の見た目ではなく風から正体を感じ取ったのだろう。
ハーフリングは私達エルフを差し置いて風を操ると言われる不遜な種族だ。特にハーフリングの剣士は宙を舞い矢となって飛来すると私も聞いた事があるが、その言葉を思い出して私は鼻で笑ったものだ。何が矢となって飛来するだ。そもそも矢は私達エルフが操る道具に過ぎない。そんな輩が風を体現するなど余りにも身の程知らずだと考えたからだ。
「ちょっと、シュルジュ。何をするつもり?騎士が見てるんだから変な事しないでよ」
「あの双剣使いに頼まれたんだよ。なんでも私の矢が必要になるんだとか…」
私が弓を絞りながら風魔法を構築していると、近くで同じように弓を構えていたセニャーシャが声を掛けてくる。集中している時に話しかけるなと言いたくなるが、私は彼女の疑問に素直に答えた。
「…あの双剣の子を撃つつもりなんじゃないのよね?あなた…彼を目の敵にしてるし…」
「…うるさい。私だってそこまで卑怯なことをするつもりは無い。むしろ危ないから魔法を解けと忠告したんだぞ?」
どうやらセニャーシャは私があの双剣使いを射抜くのではないかと心配しているようだ。確かに私は双剣使いを快くは思っていないが、だからこ背中を撃つつもりは無い。奴に風穴を開けるのならば眉間がと決めているのだ。
だが、目の敵にしていると揶揄されると、嫌な記憶が蘇ってどうにも落ち着かなくなる。三度目に相まみえたとき、奴に目をつけていた私は鼻っ面を圧し折るつもりで正面切って戦ってみせた。風を司るのはエルフだと、傲慢なハーフリングに教えるつもりで挑んだのだ。
…が、その結果、鼻っ面を圧し折られたのは私のほうであった…。何が舞うだ。何が矢となって飛来するだ。奴は宙を泳いでみせたのだ。空中にいながら不自然に進行方向を変え、私の放った矢を平然と間近でよけてみせる風の剣士。まるで水中で魚を相手取るようなものだ。いくら手を伸ばせどもそれを上回る速度で身を翻し、天も地もなく動いてみせる。奴との速度の違いに体が重くなったと錯覚してしまうほどであった。
「まさかあんたがあの子に協力するとはねぇ。それで、その矢であの化け物を仕留めるつもり?こっそり仕返しするつもりじゃないならいいんだけれど…」
未だにセニャーシャは私が信用なら無いのか、ジトッとした視線を向けてくる。あいつが気に食わないことは合っているため、妙に反論しづらいが、さっさと放ってしまえばセニャーシャも納得するだろう。私は彼女の言葉に答えることは無く、更に弓を引き絞り魔法を展開する。
セニャーシャは仕留めるのかと問うたが、流石にこの一矢で倒せるほど
「
多少の妬みと恨みを乗せて私は引き絞った矢を放つ。矢は多重に重なった魔法陣を抜けるたびに加速し、鋭い風を纏いながら羊頭の女の待つところ目掛けて空を裂いて突き進んでいった。
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