第508話 獣を飼う木

◇獣を飼う木◇


「…森が枯れていくよ。見えない炎に焼かれているみたいだね」


 ナナが宙に舞う灰を手で撫でながらそう呟いた。メルルの鎮魂にタルテの破邪を受けた羊のなる木バロメッツは今までの反動を受けるかのように滅びに塗れている。極彩色の花も緑の色が濃い肉厚な葉も蔦も、枯れて色褪せまるで唐突な冬が訪れたようだ。


 俺の目の前で手を伸ばす首無しの大蛇も、動きを止めて枯れ木となってしまっている。大蛇を覆っていた人型の樹皮は形こそは未だに保っているものの、魂は囚われていないのか物言わぬ樹皮に変化している。


「皆さん…!油断しないで下さい…!本体が出てきますよ…!」


 地面の様子をつぶさに観察するタルテがそう叫んだ。周囲は枯れて羊のなる木バロメッツを打ち倒したように思えるが、倒したのは羊のなる木バロメッツに寄生された者達。所謂、実の部分だ。


 タルテの声に答えるように地響きが強くなる。そして古くなった外皮を破るかのように、羊のなる木バロメッツの本体らしきものが這い出るように姿を現した。


 シルエットだけで見れば樹木に近いのだが、どちらかといえば磯巾着イソギンチャクやヒドラのほうが似ているだろう。日の光を知らぬ真っ白でシワ一つ無い丸太状の胴体は聳えるように伸び、末端からは複数本の触手が四方に伸びている。それが軟体動物のようにうねり悲鳴を上げているのだ。


 そして残念なことにその長大な白い磯巾着イソギンチャクは一体ではない。俺らを囲うように十数体の磯巾着イソギンチャクが姿を現したのだ。よくよく観察すれば、地面を這う蔦の下に似たような質感の白い地面を垣間見ることができる。恐らくはこの複数の磯巾着イソギンチャクは地下で繋がっているのだろう。


「ナナ!奴の触手を焼いてくれ!寄生されるぞ!」


「寄生っ!?冗談じゃないよっ!?」


 白い異様な見た目だが、その形状には覚えがある。羊のなる木バロメッツが動物に寄生する際に用いる特殊な器官だ。奴はその触手で獲物を絡め取り、皮膚の弱い箇所や粘膜などから侵入してくるのだ。


 そうなってしまえば終わりのようなものだ。体内に侵入した触手は瞬く間に根を張り、それと同時に神経毒を分泌させて抵抗できなくするのだ。…体に進入した羊のなる木バロメッツは快楽物質と激痛を齎す神経毒で、羊のなる木バロメッツの望む行動を取るように調教され、そのうち脳髄まで根が進入すると、運動を司る小脳に直接指令を与えるようになると言われている…。


 咲き誇っていた花は種を持ちいて分蘖ぶんけつし、騎士達を乗っ取っていたようだが、あれは同じ寄生ではあるが子株を増やす行為であり、厳密に言えば寄生というよりも苗床に用いられたような状態だ。本来の羊のなる木バロメッツは苗床にするのではなく、このようにして獣を飼いならすのだ。


「寄生幹がこんなにも…。ここまで育っているのは聞いたこともありません…」


「半獣半植物と言っておりましたけど、これはそのどちらにも見えませんわ」


「俺の記憶ではこんな白色ではなく緑色のはずだが…。完全に光合成を放棄してやがるな」


 ナナが炎の結界を未だに維持しているため、近付く触手は的確に燃やしてくれている。そのため、まるでガラス越しに獣を観察する動物園のように、メルルとタルテは興味深げにじっくりと観察している。だが、何時までも暢気に観察しているわけには行かないため、俺らは身を寄せ合って攻める準備を整えた。


「どうする?このまま地道に燃やしていこうか?」


「いえ…!これはいわゆる手足のような物…!倒すためには本体を叩きましょう…!」


 ナナが周囲の磯巾着イソギンチャクを見詰めながらそう呟くが、タルテはそれを否定して俺らの立つ足元を指差した。萎びてるせいで蔦は痩せ、その隙間からは白い羊のなる木バロメッツの体表が覗いてる。それこそが羊のなる木バロメッツの本体であり、攻めるべき場所だと示しているのだろう。


 タルテの言葉に誘われるようにして、メルルが片手剣と円盾を組み付ける。血を纏ったその刃を高速で回転させて、草刈の如く枯れた蔦を切除し始める。舞い上がった破片は俺が風で吹き飛ばし、いくつかはナナの炎の結界に反応して小さな炎を舞わせた。


「さあ、はっきりと見えてきましたわ!…この後はどう致しましょう?このまま掘ってみますか?」


「…どうすっかな。どっかに太い血管とかありゃいいんだが…」


 掘り進めた結果、俺らはゴム質の奴の体表に降り立った。今一全体像が把握できないため、どこが奴の急所なのか判断はできないが、掘っていればいずれ死ぬだろう。…しかし、もしかしたら植物らしく一片でも残っていたら復活する可能性がある。最終的には細切れにして時間を掛けてお焚き上げにするべきか…。


 …あの毒魔法の女性を呼び寄せたくなる。彼女であれば除草剤ぐらい合成できるはずだ。いや、これほどの大きさの植物を枯らすとなると、ここいら一帯が不毛の地になるほどの強毒を使う必要があるだろうか…。


「ま、待って!?圧力がどんどん強くなってる!やるなら早く仕留めないと!」


 どうやって倒すかと悩んでいる俺らの傍らで、ナナの悲痛な悲鳴が響く。見れば、先ほどまではナナの火を恐れて消極的に攻めてきていた白い寄生幹が、命の危険を感じたからかこちらに突っ込むように迫ってきている。


「こ…ここまで来れば大丈夫です…!ハルトさん…!あの弓のエルフさんに合図を送ってください…!」


「合図?一体何の合図だ?」


「本体が出てきたら…弓を射って貰うようにお願いしていたんです…!この場所に射って欲しいんで…それを伝えてください…!」


 羊のなる木バロメッツからの圧力が増して焦りながらも、タルテは問題ないと言い切る。そして俺にあの弓使いに向かって声を送るように台詞を続けたのであった。そういえば橋頭堡で何かを頼み込んでいたなと、俺は言われるがままに向こうに声を伝えた。


 声を送ろうとすると、向こうは丁度俺らの方を探っていたようで、空中で俺と弓使いの風が繋がる。俺は取り合えず一方的にタルテの言っていたことを伝えるが、弓使いはそれで意味を悟ったのかぶっきらぼうにわかったと言い切った。


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