第506話 奉らば吹く風枝をならす
◇奉らば吹く風枝をならす◇
「そんじゃ、こっからは俺が先行するから気をつけて来てくれよ」
俺はタルテの加護を宿した剣を左右に構える。仄かに光る剣を通して俺にも間接的にその加護が力を与えてくれる。いつもより血の滾る肉体に力を込め、ナナの炎の結界を跳び越すようにして前に出た。
そしてそのまま蔦の絨毯に着地するが、俺は即座に前方に走り出した。案の定、俺を捕らえようとしたのか蔦が間欠泉のように吹き上がるが、既にそこに俺の姿は無い。まるで地雷原のように踏み込んだ箇所は蔦が吹き上がるが、
爆発する前に駆け抜ければ問題ないという地雷原走破術は、一見脳筋な発想に思えるが、本物の脳筋であれば装甲点を信じてその身で受けて解除する漢探知を採用するはずだ。つまり、逆説的に俺の取った戦法は非常にクレバーな手法というわけだ。
「ハルト!援護は必要!?少しなら魔法を打ち込めるよ!」
「必要ない!そっちは目を付けられないように大人しくしていてくれ!」
背後からナナの声が届くが、俺は振り返らずにそう答えた。
まるでスクロールゲームでコインや得点アイテムを回収するかのように、咲き誇った花に寄り道してはそれを切り倒す。俺を捕まえるために伸びてきた蔦は余分なところを切り飛ばし、そのままそれを掴んで宙を振り子のように滑空する。
蔦や肉厚の葉が生い茂り、毒々しい花の咲く
「さてさてさて。そろそろお出まししてもいいんじゃないか?それとも唯のウドの大木かぁ?」
宙に躍り出た俺は、聳える大蛇に向かって風の珠を放つ。圧縮された空気は着弾と共に弾けるが、あの巨体にしてみれば攻撃と言えるほどの威力は無いだろう。しかし、注意を引くには十分だったようで、茂った木々の向こうでおぞましき蛇が鎌首をもたげた。
次の瞬間、その巨体が俺に目掛けて突っ込んでくる。それにあわせて俺は体の横で風を弾けさせて回避する。まるで特急列車が目前で過ぎ去るような迫力だが、俺はその風に体を乗せて、奴の体表を駆け抜けてゆく。
「…近くで見ると大分気持ち悪いな!せめて動くのはやめてくれよ!」
足元を見れば樹皮は人形の集合体であり、それが呻くように手を伸ばしているのがよくわかる。触れるのも気が引ける代物だが、踏み場が他にないため、仕方無しに俺は人型を踏みつけてゆく。伸ばされた手は縋りつくように俺を掴み取ろうとするが、タルテに貰った加護のおかげか俺が踏みしめるだけで人形は色褪せて動きを止める。
試しに走り抜けながら斬り付けてみれば、まるで灰になったかのようにボロボロと崩れていき、大蛇の体表に灰の線が出来上がる。痛覚があるのかは不明だが、俺の攻撃に大蛇は嘶くように咆哮を上げた。声帯も無いのだろうに、奴の声で触覚で解るほどに空気が震えている。
声に合わせて大蛇の体表にある無数の人型の腕が蠢く。俺は雑草を刈るようにその腕を刈り取っていくが、流石に大蛇も静観するつもりはないようで、宙で弧を描いて戻ってきた奴の大口が俺に向かって開かれた。
「いい具合に俺に夢中になってくれてるな!…捕まえて御覧なさいっと…!」
俺は大蛇の上から飛び降りて蔦の絨毯に避難する。それでも奴はしつこく俺を追いかけてきており、速度を緩めることなく地面にその大口をめり込ませた。もちろん、その場から俺は既に退いている。しかし、地面に激突した大蛇はそのまま蔦を掘り返しながらこちらに迫ってきており、俺は更なる逃走を余儀なくされた。
さらには、俺を捕まえたいという意思の現われだろうか、大蛇の体からは奇妙な腕が生えた。今までも産毛のように取り込まれた人型の腕が大蛇の体を覆っているが、新しく生えたのはその巨体に見合うほどの大きさの腕だ。だが、見合うのはその大きさだけであり、形状は見合っていない。
生えたのは痩せ細ったような人間の腕だ。その形状は産毛のように体表を覆っている人型の腕と同じなのだが、大蛇に見合うほどに巨大であるため、蛇と人というアンバランスさが余計に際立ってしまっている。
地団駄を踏むように手を地面に打ちつけながら、大蛇は俺に迫ってくる。そして周囲の植物も協力として俺の行く手を阻むように茂り始める。だが、俺には上空という逃げ道が残されている。上昇気流を発生させると、俺はそのまま上空に向かって舞い上がる。
「おぉ…!タルテのお陰かいつもより高く飛び上がれるな…!」
ナナの火の魔力を宿したジェット機のような空中軌道には負けるが、タルテの魔力を宿すと魔力や身体能力自体が底上げされている。強化された脚力は俺を高く跳ねさせ、それを強化された風魔法が更なる上空へと運んでくれる。
チラリと眼下に視線を向ければ、大蛇が俺を追って上昇してきている。しかし、その巨体に隠れるようにして、燻る煙を上げるナナ達が大蛇の根元にいる女王蟻まで辿り着いたのを見ることができた。
タルテとメルルが
風魔法に火力は無い。発生速度や不可視という強みはあるものの、流体で質量も小さい空気に破壊力を持たせるのは難しいのだ。だがしかし、その破壊力に上限があるわけではない。他の属性より労力が必要というだけで、高位の風魔法には殺傷力を持たせることが可能なのだ。
「生死の
下方に迫る大蛇の頭に向かって、嵐を纏った剣を抜き放つ。そして剣を振るう僅かな瞬間にだけ強力な支配力で空気を巨大な刃状に固めるのだ。魔力で強固に位相を固定すれば、擬似的にそれは鉄にも勝る強度を誇る。
嵐を纏った不可視の大剣。余りにも巨大なそれは大蛇の頭を快刀乱麻の如くに切り裂いた。
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