第505話 炎の禁足地
◇炎の禁足地◇
「二人とも。炎で結界を張るから私から離れないでね」
迫る
ナナは地面を踏みしめるようにして自身の立ち位置を確認し、次いでメルルとタルテの存在を確かめるように手で優しく触れると、まるで火精が踊るように火の粉が煌いた。火の粉はそのまま消えることは無く、まるで魚群のように宙を流れると、三人を包み込むように球形を作り出す。
「熱が司法で火が執行人。神文鉄火の忌火が笑う。
本来、魔法で顕現させる物質は現象は仮初の物である。チューリング的な視点で、観測者にとって本物と区別ができないのなら、それは本物と同義であると言い切ることもできるが、魔法が自己の延長である限り、根源的には本物足り得ない。
それは同時に、魔法による顕現には自由度があるという証左に他ならない。もちろんそれが世界の理から外れれば外れるほど顕現するための難易度は上がるのだが、ナナはその最高峰の一つ、精霊化を習得している。
精霊化することでナナは自身を炎へと変化させることができる。精霊化における炎は純粋な現象としての炎ではなく、ナナという自我を持った炎だ。果たしてその炎から逸脱した存在を炎と呼称するのが正しいかどうかは不明だが、重要なのはナナが炎だけでは説明できない現象を付加できるということだ。
「はわぁ…。綺麗な魔法ですね…」
「もちろん綺麗なだけじゃなくて、私の新しい魔法だよ。この空間から出ないようにして移動すれば安全なはず…。…危ないからハルトはいきなり突っ込んでこないでね」
火の粉を多量に孕み、僅かに緋色に色づいた空気が三人を包み込むように展開される。そのままでは単なる暖かそうな空間にしか見えないが、
蔦が彼女達を取り巻く緋色の空気に触れた途端、前触れも無く唐突に発火したのだ。これは別に発火点を上回る高温の空気が彼女達を取り巻いているわけではない。ナナが展開した魔法は、自分にとって都合の悪い物を自動で発火させる炎の結界だ。
「ちょ、ちょっと!ナナ!少し燃えましたわよ!」
「ふぁ…!?メルルさんのお尻が焦げてます…!」
「ご、ごめんね…!結構調節が難しいんだよぉ…。大丈夫…発動すれば多少は安定するはずだから」
しかし、まだ慣れていないこともあり、少しばかりメルルのお尻辺りが発火した。都合の悪い物を燃やすと言っても、その認識はナナに委ねられる。だからこそ、風で空間を把握できる俺ならまだしも、ナナが周囲を正確に認識するのは中々に難しいのだ。…ナナにとってメルルのお尻が都合が悪かった可能性もあるが…。
俺の剣を触媒に、空間認識と燃焼を分担させた連携魔法として構築したほうが安定するのだが、俺は別に仕事があるため、残念ながら手伝うことができない。それどころか、俺は離脱する可能性が高いので、今の時点から蚊帳の外だ。
…因みに俺にいきなり突っ込んでくるなと言ったのは、彼女の認識が暴走する恐れがあるからだ。それこそ、敵の攻撃と思われて反射的に燃やされる可能性もある。俺が彼女達に近付くには認識外の速度で進入するか、ノックしてから丁寧に入室する必要があるのだ。
「それじゃあ先に進もっか。あ、流石に燃えた敵に触れれば燃え移るから注意してね」
「あまり脅さないで下さいまし。いきなり火が付きますから見ていて恐ろしいですわ」
「私も盾を構えますね…!…足止めしてるだけで燃え尽きるので便利ですよ…!」
まるで無人の野を行くように、真っ直ぐと堂々とナナ達は足を進め、それと共に炎の結界も移動してゆく。そんな彼女達に目掛けて
俺も彼女達の後を付けるようにしながら先へと進む。俺の場合、襲ってくる
「ハルト様!なに遊んでいるんですか!そろそろ
「あの大蛇は流石に燃やしきる前に潰されちゃうからね…。ハルトには頑張ってもらわないと…」
「まぁ、回避盾は任せてくれ。矢鱈にでかいが一匹だけなら避けるのは簡単だ」
俺がナナの魔法に
「ハルトさん…!剣を出してください…!光魔法を込めれば…あの大蛇にも効果があるかもです…!」
「ああ、いい感じにしてくれよ。火力が出ればその分ヘイトが稼げるはずだ」
俺が舌なめずりをして大蛇を見据えていると、タルテがナナの魔法の境界に駆け寄って俺に手を差し出してきた。俺はナナを一瞥してから、タルテに向かって剣を差し出した。タルテは祈るような所作で剣に自身の魔力を込める。風属性の剣だが、鉱物であるため土属性とも相性がいいのだろう。彼女の魔力に含まれる土属性の魔力を感じて、喜ぶようにキチキチと音を鳴らした。
だが、それでも主体となるのは大蛇に効果が見込めるであろう光属性の魔力だ。随分と節操の無い剣ではあるが、彼女の施す魔力を一身に受け止め、薄っすらと光を纏った。俺はタルテから返された剣を握ると、宙に翳して風を切る感触を確認した。
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