第504話 紛い物の神に挑むには

◇紛い物の神に挑むには◇


「見捨てられたようだな!双剣使い!私が手伝ってやろうか!?」


 混成獣キメラと戦う俺らに向かって、橋頭堡の上から弓使いの声が掛かる。言葉は高みの見物をしているような台詞だが、その言葉を吐いてる最中も弓に矢を番え、的確に混成獣キメラを打ち抜いている。


 少なくとも俺の返事を待つことなく弓を煎っているため、その言葉は戦場でのちょっとした挨拶の言葉なのだろう。その速射は同じように弓を構えた騎士の倍以上の速度であり、中々のキルレートを稼いでいる。


 俺も負けじと迫る混成獣キメラを斬り付けキルレートを積み上げてゆく。大量の混成獣キメラの圧力は中々ではある物の、騎士達の果敢な攻撃もあって着実に数を減らしていっている。…しかし、その間にもこちらに迫ってきている羊のなる木バロメッツが焦る心を湧き上がらせる。このまま混成獣キメラを殺しきったところで、羊のなる木バロメッツをどうにかできなければ、あの巨体が橋頭堡に突っ込むことになるだろう。


「手前の雑魚より、奥の化け物をどうにかできないのかよ!あの羊のなる木バロメッツはお前の一族が持ってきた代物なんだろ!?」


「わめくな。あそこまで育てたのは平地人達だろう!もはや私の知っている羊のなる木バロメッツとは別物だ!」


 俺は言い返すように弓使いに訪ねるが、奴も忌々しい物を見るような顔を浮かべて羊のなる木バロメッツを睨んでいる。なまじ植物的な相手であるため弱点が見出せないのだが、それは弓使いも同じらしい。


 俺の言葉に触発されたのか、弓使いが以前俺に向けた風を纏った強射を羊のなる木バロメッツに向けて射るが、大樹の大蛇の表皮を吹き飛ばした程度で止まってしまう。そして、あの異様な回復能力は本体の羊のなる木バロメッツも供えているようで、今負った矢傷も瞬く間に修復されてゆく。


「見たか?巨躯故の防御力に回復力。竜の目玉さえ射抜く私の弓も狙う場所がなければ意味を成さない」


「何を得意気に…。…要するにお前も手が出せないのかよ…」


「なっ…!?だったら貴様はどうなのだ!さっきから近付けもしないではないか!」


 怒声と共に俺を掠めるように射られた矢をかわしながら、羊のなる木バロメッツの様子を観察する。どうするべきか…。混成獣キメラの相手を騎士がしてくれている今ならば、隙間を縫って羊のなる木バロメッツに上陸することは可能だ。しかし、あの太い幹に俺がいくら剣を振ったところで、回復する速度のほうが勝ってしまう。投擲戦斧フランキスカは武器であって伐採用の斧ではないのだ。


 火矢を見る限り延焼する可能性は低いだろうが、やはりナナの火魔法が効果的だろうか…。全てを焼き尽くすのは不可能でも、奴の回復能力と拮抗することは可能だろう。だが、そうなってしまえば奴の回復能力が限界を迎えるかナナの魔力が尽きるかのチキンレースに陥ってしまう。つまり、失敗してしまえば容易く餌食になってしまうことだろう。


「あの…もしかしたら…どうにかできるかもしれません…。わ…私とメルルさんなら…!」


「へ?私もですか…!?タルテ、何か気が付きましたの?」


 俺が悩んでいると、同じように悩ましげな表情を浮かべていたタルテがそう呟いた。俺らに声を掛けているものの、タルテの双眸はしっかりと羊のなる木バロメッツを見詰めており、そこには先ほどの言葉に説得力を持たせるような真剣味を見出すこともできた。


「弓のエルフさんの攻撃を見てわかりました…!あの回復力は…取り込まれた人の魂が使われています…!」


「…そういうことですか。あの忌まわしい人形の瘤はまだ囚われた者達が残っているのですね…」


「ちょ、ちょっと…!どういうこと?まだ生きてる人が居るってこと!?」


 二人の言葉にナナが慌てたように食って掛かる。しかし、ナナの問いに対してメルルは悲しい表情を浮かべて首を横に振った。


「生きるということの定義によりますが、少なくとも私はアレを生きているとは思いませんわ」


「そうですね…。あれは…死に切れていないと言ったほうが…正しいと思います…」


「つまり、一種のアンデットってことか?…確かに羊のなる木バロメッツに寄生された羊は歩く死体ゾンビみたいなもんだが…」


 俺とナナの理解が追いついたところで、タルテは何をしたいかを説明した。羊のなる木バロメッツには死者ともいえる者達が未だに囚われており、それがあの巨躯や回復能力を齎しているらしい。だからこそ、タルテの光魔法やメルルの闇魔法で正しく死んでもらえれば、一気に弱体化させることが可能と推測したようだ。


 だが問題はあの大樹の大蛇のお膝元まで近付き、なおかつ無防備になる二人を守る必要があるということだろう。俺はナナに目配せすると、彼女は自身ありげに頷いてみせた。


「蔦や花なら私が何とかできると思うよ。…問題はあの大蛇かな。あの質量だと燃やしきる前に潰されちゃう」


「…そっちは俺が気を引こう。最悪は二人を抱えて飛び回ることになるかも知れないが…」


 二人が目的を果たせるように俺らは作戦を組み立てる。上手く大蛇が俺を狙ってくれればよいのだが、もしかしたら豊穣の力を持つタルテに惹きつけられるかもしれない。そのために少しばかり強力な風魔法を準備しておく必要もあるか…。


「あのあの…できれば…弓のエルフさんにも協力して欲しいです…!」


「は?私に何をさせるつもりだ…?そりゃ援護射撃くらいはするが…」


 俺らが悩む傍らで、タルテがエルフにも何やら協力を取り付けている。あの巨躯に弓が何処まで役に立つかは解らないが、まぁ無いよりはマシだろう。タルテは弓使いから一本の矢を借りると、なにやら手元で観察した後、弓使いに差し戻した。


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