第503話 崇め奉られる呪胎の大樹

◇崇め奉られる呪胎の大樹◇


「み…!みなさん…!あれが羊のなる木バロメッツの親株です…!」


 ナナの炎に照らし出されるように浮かび上がった巨体を、タルテが指差しながらそう叫んだ。子株が出現するという予兆はあったものの、まさか植物である本体がやってくるとは思っていなかったため、俺は思わず目を見開いた。


 おもわず森が現れたのかと勘違いするほど羊のなる木バロメッツの姿は巨大な物であった。中心にいるのは蟻獅子ミルメコレオの女王個体だろうか。他の蟻獅子ミルメコレオの二倍以上の体格を有しており、その大きさは見上げるほどに巨大だ。


 しかし、その巨体を小さく見せるほどに女王個体には羊のなる木バロメッツが生い茂っていた。女王の左側面からはまるで巨腕のような大樹が生え、植物とは思えないほど蠢いている。見ようによっては巨腕というより木で出来た大蛇のようだ。


 そして、まるで十二単やウェディングベールのように大量の蔦が伸びて地面に広がり、それらが葉や花、小木を生い茂らせることで、まるで森のような巨体を構築している。どれほど枝分かれしているのか、周囲の地面は完全に蔦に覆われており、それこそ女王個体が森に取り込まれているような様相だ。事実、女王個体は磔にあったかのように弱っており、助けを求めるように手足で宙を掻いている。


「随分と図鑑の挿絵とは姿が異なるな…。死体置き場モルグのほうがまだ似てるんじゃないか?」


「百年以上、神と崇められて生贄を捧げられたのですから、こうもなりましょう…。余りにもおぞましい人の業でしょうか…」


 蠢く大樹となった羊のなる木バロメッツの樹皮には、まるで人間がそのまま樹木に変わったかのように人の形の瘤が犇いている。巨体からしてみれば小さな人間の手が小枝のように宙を撫で、木目というには随分と恨みがましい表情を浮かべて軋むような怨嗟の声を上げている。


 そんな人間樹で構成された巨樹の大蛇は世界を呪うように慟哭した。その間にも蔦の絨毯は大地を侵食するようにこちらにへと進んでいる。地に根を張っていないのか、あるいは移動するたびに新たに根を張っているのか…。巨体ゆえに遅い足取りに見えるが、それでも目に見えてわかる程度の速度で進行している。


 そして、大樹の声に呼応するように燃え残った蟻獅子ミルメコレオ羊のなる木バロメッツに群がってゆく。蟻獅子ミルメコレオはそのまま羊のなる木バロメッツに取り込まれて、まるで冬虫夏草が芽吹くように森の一部へと変質してゆく。


「何が共生関係だ…。あの魔物は蟻獅子ミルメコレオをコロニーごと乗っ取ってやがる…」


 俺は近付いてくる森を見詰めながら、その禍々しい姿に悪態をつくように言葉を漏らした。


「ハルト。どうしよっか。…試しに火をつけてみる?」


「つってもこのデカさだとな…。全部燃やすには少し厳しくないか?」


 あまりに大きいため、俺も攻めあぐねてしまう。狙うべきは女王蟻なのだろうか…。しかし、そこに辿り着くには蔦の絨毯に上陸する必要があるため、あまり安易に踏み出すことができない。魔法で遠距離から狙うにしても、生い茂る花や葉がそれを阻んでしまうだろう。


 俺らは敵を見据えながらも橋頭堡まで後退する。橋頭堡も複数の騎士を内包するほどに巨大な物ではあるが、この育ちきった羊のなる木バロメッツと比べると見劣りしてしまう。


「者共っ!放てぇ!!休んでる暇はないぞ!」


「まだ矢は足りてるな!?使い切るつもりで攻めろ!」


 俺らが退避すると変わりに橋頭堡から大量の火矢が羊のなる木バロメッツに殺到する。羊のなる木バロメッツは蔦を振って火矢を宙で叩き落すが、全ての火矢を打ち落とすことはできない。大量の火矢が突き刺さり、羊のなる木バロメッツの身を炙った。


 しかし、巨大な羊のなる木バロメッツにしてみれば大量の火矢であっても蝋燭のようにか細き物だ。いくら植物といっても乾燥していなければろくに燃えることはない。大量の蔦に押しつぶされるようにして、次々と消火されてゆく。


 更には蠢く羊のなる木バロメッツの茂みの奥からは、異形の物が飛び出してきた。唐突に姿を現した追加戦力に、思わず俺らは目を見張った。


「ふえぇ…!?なんかいっぱい出てきましたよ…!?」


混成獣キメラ?もはや何でもアリだな…」


 俺らを追いすがるのは複数の獣の形質を混ぜ合わせたような異質な存在だ。兎のような耳を供えるトカゲに翼の付いた狼、二つの頭を持った羊に鱗を纏った鳥。恐らくは今までに吸収した生物の特性を自身の中で混ぜ合わせて実らせたのだろう。


 ただでさえ挙動の予測しづらい魔物であるのに、継ぎ接ぎの体を縫いとめるように蔦が体を覆っており、その蔦が鞭となって縦横無尽に振られている。その継ぎ接ぎの獣達は俺らだけでなく、橋頭堡に取り付いて騎士達にも襲い掛かった。


「花の咲いた蟻が居なくなったと思えば、次は混成獣キメラですか!本当に飽きませんわね!」


「まるで本当に森そのものを相手にしてるみたいだね…!落ち着く暇も無いよ…」


「どうしましょう…!これじゃあ…防戦一方です…!」


 メルルは回転ノコギリを振り回し、ナナは火を纏った剣を振るう。タルテは土杭を生成して進行を防ぎ、俺は宙を待って混成獣キメラを斬り付けてゆく。無限に沸いてくるのかと勘違いしそうな量の混成獣キメラを相手取って、俺らは何とか橋頭堡まで辿り着いた。


「だ、駄目だ!この状態じゃ扉が開けない!お嬢さんたち!どうにかして逃げれないか!」


「逃げるわけにはいきませんわ!これ以上下がれば街に引き連れることになります!」


「背中を預けられるだけでマシになりますから、ここで戦います!」


 しかし、橋頭堡の上からは悲鳴にも似た騎士の声が掛かる。既に複数の混成獣キメラが橋頭堡の外壁にも取り付いており、俺らを入れるための扉が開けないのだ。仕方無しに俺らは橋頭堡の壁を背にして混成獣キメラ達と相対した。


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