第502話 徒歩で火に入る花と虫
◇徒歩で火に入る花と虫◇
「総員!橋頭堡に避難しろ!こいつらは俺らを取り込むぞ!」
戦場は変わった。
騎士達は波が引くように後方の橋頭堡に避難していく。ただの
なにより、仲間である騎士が植物人間として取り込まれてしまうのが致命的であった。そのおぞましい状況に騎士達の士気は喪失し、今では仲間入りせぬよう逃げ惑うばかりだ。
「…いけませんわ!このままでは街にまで魔物が押し寄せてしまいます!ナナ!もっと燃やしてくださいまし!」
「流石に燃やしきれないよ!数が多すぎる!」
ナナが自棄になって炎珠を投げつけるが、数体を燃やしたところで戦況は変わらない。俺らも騎士達に続くようにして橋頭堡に向けて退避する。しかし、途中で何かに気が付いたのか、タルテが唐突に足を止めた。
「…あの…、この…
「なっ…!?タルテ!何を言っていますの!?」
まるで聞きたくないことを訪ねるようにタルテは恐る恐るその言葉を吐き出した。タルテが急に足を止めて変なことを口にしたため、メルルが彼女の手を引き寄せて先に進ませようとした。…確かに俺らの周囲は妙に敵影が濃い。もちろん逃げる騎士達を追う個体も多いのだが、近場にいる個体は向日葵のように花弁をこちらに向けて迫ってきているのだ。
タルテの豊穣の力に引き寄せられているのだろうか。彼女には心当たりがあったため、いち早くそのことに気が付き足を止めてしまったのだろう。まるでタルテが生贄の羊になったかのように、周囲の敵を誘引して集めてしまっている。
「あのあの…!私が一人でここから離れれば…」
「でかした!敵が集まってくれるなら殲滅が楽になる!」
タルテが言葉を言い切る前に、俺はそういって彼女の頭を撫でた。別に彼女を励ますとかそんなつもりはなく、本当に戦いやすくなるのだ。俺の言葉に同意するようにナナが頷きながら地面に向かって剣を突き立てた。
「タルテちゃん!もっと敵を引き寄せられないかな!大丈夫。私が責任もって焼き尽くすから」
「も…、もっと呼ぶんですか…!?多分…豊穣の力を込めれば寄ってくると思いますけど…」
「なるほど。確かに纏めてから焼いたほうが効果的ですわね。タルテ。やってしまいなさい」
焚き火をするのもまずは枯葉を掃き集めてからだ。ナナとメルルに促されて、タルテは豊穣の力をゆっくりと足元の地面に注ぎ込んだ。
豊穣の力が
「ハルト。手伝ってね!全方位に火をつけるよ!」
そう言ってナナは魔法を構築してゆく。彼女の体の周囲で熱気が陽炎となって揺らめくと、それが周囲に展開されながら炎へと変質した。
「…命の炉心に火を灯す。天蓋焦がせ!
俺らの周囲に円を書くように地面から炎が沸き立った。その炎は激しく燃え立つのではなく、どこか静かに揺らめいているだけであるのだが、火勢が弱いとは思えない。ナナが作り出した炎は異様に濃いのだ。
まるで絵の具を原液のまま溶いたような紅蓮の炎に俺は風を送り込む。それだけで炎は渦巻き天へ伸びるように成長した。
「…こうなるともう作業ですわね。火を恐れないとは所詮は植物ということでしょうか」
「これで騎士さんが…安全に退避してくれるといいんですが…」
まるで太陽に近付きすぎたせいで焼かれたイカロスのように、恐れ知らずの蟻達は簡単に灰へと変わる。暫くの間、俺らは火の竜巻の中心で、
しかし、炎の竜巻の上に顔を覗かせている丸くくり貫かれた空、そこから一本の矢が飛来した。ほぼ垂直に俺らの元に飛んできた弓矢は、そのまま地面に突き立った。その矢はただの矢ではなく風魔法が込められており、とうとう弓使いが裏切ったのかと思ったが、攻撃のための矢ではないことは直ぐに証明された。
『何をやっている!?双剣使い!炎で目が眩んでいるのか!?直ぐにそこから離れるんだ!』
飛来した矢に込められていたのは声送りの魔法だ。俺が普段使っている声送りの魔法は糸電話のように風で声の通路を作っているのだが、この矢は録音のように声が込められている。…なるほど。こんな風に矢を触媒にして声を届ければ、普段の声送りとは違った使い方も可能だ。
俺とは違う風魔法の使い方に感心してしまうが、今は込められていた声のほうが問題だ。弓使いの声は他の皆にも聞こえていたようで、ナナが即座に火魔法を弱めて視界を確保する。一体弓使いは何を焦っているのかと顔を覗かせた俺らの前には、大分近くなった森が聳えていた。
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