第501話 死に花を咲かせる

◇死に花を咲かせる◇


「…!?退避!退避しろぉ!」


 タルテの声を聞いた騎士の一人が血相を変えてそう叫んだ。騎士達は反射的にその声に従うように花の騎士から距離を取るが、起き上がった花の騎士はそんな叫び声にも反応はせず、ただただ緩慢な動作で立ち上がるだけだ。


 天然の禍々しいチューリップハットで頭を覆った騎士は、そのまま風に揺られるように直立したが、次の瞬間にはその皮膚の下で何かが蠢いた。騎士達は誰も彼に大丈夫か?などと声を掛けたりはしない。目立った外傷はないものの彼が大丈夫でないことを誰もが感じ取ったのだろう。


 それでも僅かな希望を抱かずにはいられないだろう。彼の様子を見守るように騎士達の視線が彼に向けて注がれている。だがその儚い期待を裏切り、花の騎士の頭を弾き飛ばすように大量の蔦が爆発的に芽吹いた。


「おぞましい…。これは一体どんな悪夢だ…」


羊のなる木バロメッツの…子株です…。でもまさか…人を苗床にするなんて…」


 呻くように零した騎士の独り言に、タルテが言葉を返した。要救助者だったものと騎士だったもの。人の形を残しているのは肩から下のみで、首から上は大量の蔦が伸びて暴れるようにうねっている。そして残念ながら彼らは大人しい観葉植物などではない。伸びた数本の蔦を鞭のようにしならせ、周囲の者を無作為に襲い始めた。


 魔物に成り果てた同胞を放っておくという選択肢は無いようで、騎士達は植物人間を仕留めようとするが、全方位に向けられる鞭の攻撃のせいでどうにも攻めあぐねている。たとえ蔦を切り飛ばしたところで、すぐさま成長し元の長さに成長するため隙を作ることもできないのだ。


「どうする…ハルト。これじゃあもう…」


「殺すしかないだろ。…どう見ても既に死んでいる」


 剣で蔦を斬り飛ばす俺に、ナナが手に火を灯しながらそう訪ねかけてきた。俺はチラリと騎士達に目配せするが、騎士達はナナの炎をみて何をするつもりか気が付いたのだろう、悩ましげな表情をするものの、直ぐに頷いて見せた。


「…慈悲を与えてやってくれないか。炎なら一思いに逝けるだろう…」


「…解りました。少し離れていてくださいね…」


「すまないな。本来なら私達が引導を渡すべきなのだが…」


 まるで水を撒くように、ナナは前方に炎を放つ。景色を容易く歪めるほどの炎熱の放射は揺れる植物人間を飲み込み、瞬く間に灰へと変えてゆく。燃えながらも漏れ出すギィギィという悲鳴は既に彼らが人間じゃないことを如実に物語っており、周囲の騎士達の顔をより険しくした。


 だが、死者を偲んでいる暇は無い。植物人間に変貌した二人は焼き切る事ができたが、これが全てだという確証はない。俺は風で周囲を索敵するが、案の定、そこにはおぞましい光景が広がっていた。


「タルテ…あれが何かわかるか…?」


「地下茎です…!地下茎で子株を増やしているんです…!」


 俺が指差した方向には、地面からおっさんが芽生えていたのだ。初めは顔が土から覗いているだけであったのだが、まるで墓穴から這い出るように全身が露になる。そして変わらず頭が裂けて花が咲き、その花が近場にあった蟻獅子ミルメコレオの死体に取り付いた。


 頭が切り取られ、胴体だけとなった蟻獅子ミルメコレオの死体が息を吹き返したかのように痙攣し始め、最終的には首無しの死体でありながら動き回りだしたのだ。


「死体を動かしているのですか!?なんて厄介な!?」


 迫り来る首の無い蟻獅子ミルメコレオを見てメルルが悲鳴にも似た声を上げる。そしてその声に呼応するように蟻獅子ミルメコレオの首の断面から肉厚な花弁を持った花の顎がヌルリと這い出てきた。


 蟻の体に長い蔦の首、そして人を丸呑みにする程の花弁状の顎。既に獅子という特徴を失った異形の化け物が戦場に産声を上げたのだ。


 試しに俺は宙に舞い上がって花の蟻獅子ミルメコレオの頭上を越えようとする。しかし、何かしらの手段でこちらの位置を感知しているようで、花弁の顎は俺に向かって迫ってきた。即座に俺は風を吹かせて急旋回し、その花弁の顎とすれ違うように体を落とし込ませた。


「こいつっ…!?どんな回復力してるんだ!?」


 すれ違う瞬間に蔦の首を斬り付けたが、深々と斬り付けた切り傷は次の瞬間には修復を開始する。俺が地に足を着け再び相対する頃には、その傷は跡形も無く消え失せていたのだ。


「この状況では…回復を止めるまで斬り付けるのは得策じゃありませんわね」


「そうだね。ゆっくりしてたら囲まれちゃうよ。…ハルト!燃やすからガイドお願い!」


 既に他の蟻獅子ミルメコレオが俺らに向かって迫ってきている。騎士達がなんとか戦って凌いでいるものの、もともと無理して戦線を押し進めていたためあまり長くは持ちそうに無い。長期戦で回復できなくなるまで斬り付けるほどの余裕は無い。


 俺の返事を待つことなく、ナナの火球が飛来する。俺はそれを風で絡め取ると、蟻獅子ミルメコレオの花弁の顎に向かって打ち込んだ。水気の多そうな花弁ではあったが、ナナの火魔法の熱量の前には意味をなさず、瞬く間に花弁の顎は燃え尽きてゆく。


「次は私の番ですわ!さっさと枯れてしまいなさい!」


 花弁の顎が燃え尽きてもなお花の蟻獅子ミルメコレオは暴れているが、その動きは幾分か大人しくなっている。その隙を突くようにメルルが一気に近付くと、その首元に片手剣を突き立て俺の手に食い付いた花を枯らしたときのように闇魔法を行使する。


 この植物に核のようなものがあるかは不明だが、全てを枯らしてしまえば関係ない。死の安寧を祝福する闇魔法が、蟻獅子ミルメコレオの躯を死体へと戻した。


「君達…!急いでこの場を離れるぞ!どうにも戦況が変わりつつある!」


「後ろに火を撒きますので先に向かってください!直ぐに追いかけます!」


 このままでは蟻獅子ミルメコレオの群れの中に孤立することになってしまうため、騎士が俺らに声を掛けた。ナナが近寄ってくる蟻獅子ミルメコレオを火で牽制しながら、俺らは一丸となって自陣に向かって走り始める。


「ハルトさん…!大変ですよ…!いっぱい生えてきています…!」


「誰だよッ!?こんな所におっさんの種を植えた奴はッ!?」


 駆け抜けながらも周囲に目を向ければ、雨後の竹の子のように人間が地中から芽生え始め、それが近場のものを苗床を変えて更に被害を広げていく。その様子を見てタルテが顔を青くしながら言葉を漏らした。


 薄紅色の花々が咲き誇り、戦場を不気味に彩った。変貌した戦場で騎士達は逃げ惑い、その独特な花々に皆の注意が向けられる傍らで、森が戦場に向けて蠢いた。


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