第500話 獅子身中の虫と花
◇獅子身中の虫と花◇
「おい!大丈夫か!直ぐにこの場を離れるぞ!」
しかし、足を踏み出した騎士は一歩踏み出しただけで多々良を踏むこととなった。なぜならば要救助者の男をその場から動かすのに異様な抵抗力があったからだ。
「…な!?なんだこれは…!?」
「助け…タスケ…」
まるで芋の蔦を引き抜いたときのように、要救助者の足から地面に向かって蔦が伸びそれが地面の中へと続いているのだ。蔦罠の類に足を絡め取られたのかと騎士の視線は男の足元に向かうが、襤褸切れの隙間から除く男の足は予想に反して蔦が絡まっているわけではなかった。
皮膚から直接蔦が生えているというよりも、肉の一部が変質して蔦へと変わり、それが地面の中にへと続いている。いったいどういう状況なのかと騎士は逡巡するが、その悩みを吹き飛ばすように事態は急変する。
涙を流す要救助者の眼球を押しのけて、サボテンに似た花の蕾がぬるりと生えてくる。その蕾はまるで騎士の姿を確認するように、彼に向けて毒々しい薄紅色の花弁を開いて見せた。
「タスケ…ぇぉぼぉぉおおおお!」
そして次の瞬間には喉の奥から蔦を束ねたような植物が勢いよく飛び出してくる。先端には瞳から這い出たような蕾がついており、それが日の光を浴びると共に花開いた。嘔吐反射により、男の体は身を屈ませようと背中を曲げるが、まるで体内に巣食う何かがそれを許さないと言いたげに、不自然な挙動で背が伸ばされる。
男の体液か、あるいは植物の分泌した液体か、ヌタヌタとした粘液で植物は濡れており、それが植物を見上げている騎士の頬に滴り落ちる。だが、まさか男の体内から巨大な植物が植物が芽吹くとは思っていなかったようで、騎士は呆けたように咲いた花を見詰めていた。
「あ、あれは何ですの!?人から芽吹きましたわ!?」
「…!?あの花…!?ダメです…!逃げてください…!!」
悲鳴にも似たタルテの声が騎士に向かって掛けられるが、止めるには少しばかり遅かった。頭を垂れるように騎士に向いた花は、そのまま騎士の頭を包み込むように閉じられた。その異様な花は植物でありながら動物のように脈動し、男に向かって何かを送り込む。
頭を花に包み込まれ、首を吊るように宙に持ち上げれた騎士は数秒は抵抗するようにもがいていたものの、直ぐに脱力したように垂れ下がった。
芽吹き、開花し、結実し、熟し、落果する。俺らや他の騎士が駆けつけるのと、宙吊りになった騎士が地に落ちるのは同時であった。しかし、騎士は頭を包み込んだ花と共に落果しており、とてもじゃないが問題ないといえる状態ではない。
「ああああ!何だよ!なんだこの化け物は!」
「おい!待ってろ!直ぐに剝がしてやる!」
俺らが参戦したことで
しかし、花は癒着したかのように男の皮膚と同化しており、簡単に剥がすことはできない。植物が身に纏っている滑る粘液も、引き剥がすことを妨害している。
「メルル!?伏せろ!」
「きゃ…っ!?」
全員の注目が落果した騎士に向かっていたために、救助者の瞳から伸びるもう一輪の花への注意が消え失せていた。口から伸びた花とは違って随分と小振りであったが、それが触手のように伸びてこちらに襲い掛かってきたのだ。
俺は標的となったメルルを抱きかかえるように庇うが、代わりに俺の手首に毒々しい花が牙を突き立てた。
「…うお!?気持ち悪っ!?」
「ハ、ハルト様!手を貸してくださいまし!」
陸に上がった魚のように、俺の手の甲に食い付いた花が暴れる。物理的にも魔力的にも何かが浸食してくる気配を感じ、俺はその不快感に堪らず不快感を口にした。直ぐにメルルが俺の手を奪うと、そこに食い込む花を握りこむ。
「なんと不遜な植物でしょう!…さぁ…枯れなさい…
メルルの手から濃厚な闇魔法の魔力が溢れ、それが食い付いた花へと流れ込んだ。闇と、少しばかりの水魔法を用いた複合魔法なのだろう。花は瞬く間に水気を失って枯れ果て、ついには塵となって砕け散った。メルルは枯れ草の破片を風に流すように捨て去ると、俺の手をまじまじと観察する。
「…大丈夫そうですわね。違和感はありませんか?」
「ああ、ありがとう。…少しお肌の艶が無くなった程度だな」
「後でお気に入りのオイルを塗ってあげますので我慢してくださいまし」
メルルは俺が無事なことを確認すると、安堵するように息を吐き出した。得体の知れない植物はメルルの闇魔法により生命活動を完全に停止し、手首に残ったのは小さな噛み傷だけだ。毒が残っている可能性はあるが、俺ならばそれも問題は無いだろう。
「タルテちゃん!この人の治療は…」
「もうダメです…!皆さん…!離れてください…!この人も芽吹きます…!」
俺が負傷する傍らでも事態は進行する。ナナが未だに花弁に包まれている騎士を案ずる言葉を投げかけるが、タルテは悲壮な顔を浮かべて頭を横に振るう。…その言葉に答えるように、のそりと花弁の騎士は起き上がった。
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