第499話 火に集る夏の虫
◇火に集る夏の虫◇
「ハルト!大きな火魔法を使う許可が出たよ!…あれ、先に後退だっけ?」
ラッパの音を聞いてナナが嬉しそうに声を上げた。しかし、先に火魔法を使われてはたまらない。俺はさっさとナナを連れて騎士と共に後退を開始する。メルルもタルテも俺らに続くようにその場を離れ始めた。
俺らと入れ替わるように頭上を尾を引いた火矢が過ぎ去ってゆき、それが
「私もそろそろ魔法を使ってもいいよね?…ハルト!頼んだよ!」
「へいへい。なるべく前に向けて飛ばしてくれよな」
待ち切れないと言いたげなナナの周囲に炎の球が大量に浮かび上がる。このまま放っておくと何処にナナの火魔法が向かうか解ったものではないため、俺は即座に風魔法を展開する。風に煽られて加速していくナナの火球は先ほどの火矢のように
爆ぜる火の粉は命を燃やし、戦場をより苛烈な物へと彩ってゆく。しかし、押し込まれて後退したのは事実であるため、あまり安心するわけにはいかない。現に炎に撫でられながらも、
長閑な畑の広がっていた光景は既に様変わりしている。荒れた畑に嘆いていたガナの顔が思い起こされるが、それを気に留めるものはここには居ないだろう。炎の幕を超えてきた
「弱点は胴体だ!正面から攻めずに左右に揺さぶってから組み付け!」
「ツーマンセルを崩さないように!複数で当たれば楽に仕留められる!」
個性的な個体の出現に手間取っていた騎士達も、攻略方法は通常の個体と変わらないと気が付いたのか果敢に攻め立てている。中にはメルルがやったように盾で鋏を強引に受けてから口元に剣を突き立てる者や、弓使いが矢でやったように槍で性格に弱点である目を貫く騎士もいる。…残念ながらタルテのように持ち上げてから投げつける者はいないが…。
それでも過酷になる戦況は次第にこちらの陣営を蝕んでゆき、焦る気持ちが澱のように積み重なってゆく。
「怪我人が増えてきましたわね。騎士の方々は無理をしがちですのでいけませんわ」
「あの…!歩けますか…!?この怪我は時間が掛かりますので…後の治療は後方でお願いします…!」
「ああ、ありがとう…助かったよ」
俺らも衛兵としての仕事に勤しむが、その場で治療を施す者達より後方に送ることになる者のほうが増えてきている。それでもなるべく早く治療することが戦力の低下を防ぐことになるため、俺らは戦場を縦横無尽に走り回る。時折、我慢できなくなったナナが火魔法を放ち、戦線を維持をすることにも協力する。
『助けて…助けてくれ…』
風で周囲の状況を把握していた俺の耳に、救助を求める人の声が届いた。
「次の患者をみつけた。…だいぶ具合が悪そうだな。急いで向かうぞ」
「はい…!わかりました…!」
直ぐに三人に声を掛け、俺らはその声がした方向へと向かう。声が聞こえたのは戦線の奥であり、多くの
しかし、目視範囲に要救助者が見えた途端、俺は足を止めることとなる。…
「助けて…助けてください…」
「おい!誰か取り残されているぞ!」
俺の見つけた救助者に近くに居た騎士達も気が付いたのか、慌てたように声を張り上げた。
「クソ…ッ!避難指示に従わなかった奴だろう!」
「…どうするんだ?あまり余裕は無いぞ」
「助けないわけにはいかないだろう…。俺らで血路を開くから助けに向かってくれ」
戦線の奥深くであるため、救助者の近くには
本来ならそれに俺も協力するべきなのだろうが、何かを感じ取った俺は止めた足を再び動かす事はなく、騎士達が要救助者へと向かう姿を傍観してしまう。
「ハルトさん…どうしましたか…?」
「いや、なんか違和感が…」
「ちょっと待って。なんかおかしくない。…なんであの人は
急に足を止めた俺にタルテが尋ねるが、俺の代わりにナナが疑問点を口にした。救助を求める男の程近くには
それに怪我の度合いはここからでは不明だが、二本の足で立っているのに何故こちらに向かって歩こうとしていないのだろうか…。それに、武装していない彼がどうやったらこんな戦場の真っ只中までやってくることができたのか…。余りに不自然な点の多いその男に俺の警戒心が引きあがるが、忠告しようと声をあげる前に一人の騎士が助けを求める男の下に辿り着いてしまった。
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