第498話 蟻の甘さを突くが如し

◇蟻の甘さを突くが如し◇


「押しとめるぞ!このままじゃ戦線が破られる!」


 俺はそう声を掛けると同時に剣を巨頭の蟻獅子ミルメコレオに向かって振り下ろす。剣は強かに蟻獅子ミルメコレオの頭を打ちつけ、半ばまで刃が埋まるものの甲殻を貫いた感触は無い。堅く、余りにも分厚い甲殻に俺は心の中で舌打ちをする。


 俺は突き刺さった剣に掴まって蟻獅子ミルメコレオの頭に取り付くが、蟻獅子ミルメコレオは気にせずに俺を乗せたまま突き進む。さてどうやって止めるかと悩んでいると、背後から拘束で迫る物体を感知して、俺は即座に身を翻すように飛び上がった。


「あの弓野郎!本当に狙いやがった!」


 迫ってきたのは一本の矢だ。まるで俺を狙ったかのような軌道ではあったが、射抜いた箇所を見てみれば、俺を狙ったのではなく蟻獅子ミルメコレオを狙ったことは知ることができた。奴が射抜いたのは頑丈な甲殻ではなく、銀貨ほどの大きさしかない円らな瞳だ。瞳を射抜かれた蟻獅子ミルメコレオは堪らず雄たけびを上げるようにその巨頭を大きく仰け反らせた。


 俺はその反動を利用して、そのまま蟻獅子ミルメコレオの首を後ろへと捻るように体重を掛けた。頭は異様に巨大な物の、首は他の個体と大して変わらない。過負荷に耐え切れなくなった蟻獅子ミルメコレオの首は、鈍い音を立てながら破壊された。


 首を支える部位が破損したからか、蟻獅子ミルメコレオの巨頭は重力にしたがって地面に落下する。手足は狂ったように動き続けるが、頭が地面にめり込んでいるためそこを中心にして蟻獅子ミルメコレオの体が旋回した。


 そのため、蟻獅子ミルメコレオは暴走した自らの肉体によって僅かに繋がっていた頭を完全に脱落させることとなる。筋を引き千切るような音と共に巨頭は倒れていき、残った肉体も痙攣しながらその場で命を燃やし尽くした。


「もしかして、あんな距離からこのちっちゃな目を狙ったの?」


「イブキだってこれくらいできるはずだぞ。…必要も無いのに、わざわざ俺に見せ付けるために打ち抜きやがったんだ」


 地面に倒れ付した蟻獅子ミルメコレオの頭を見下ろしながら、ナナが感心するように呟いた。確かに単なる弓兵であれば考えられないほどの遠距離精密射撃であるが、似たようなことはイブキにだってできるはずだ。…むしろイブキのほうが自由自在に弾丸を操れるように思ってしまうのは同族贔屓からくる感情だろうか。


「二人とも!可笑しな個体が次々出てきていますわ!あまり話している余裕はありませんわよ!」


 死骸を検分している俺とナナに向かってメルルの声が掛かる。彼女が叫ぶのも理由があり、巨大な盾状の頭を持った個体は今倒した一体だけではないのだ。巨大な平たい頭の個体に、鋭利な角を供えた個体、顎に巨大な鋏を備えた個体など、随分と個性的な個体が姿を現し始めたのだ。


 ガチンと弾けるような音を立てながらメルルに向かって巨大な鋏を持った蟻獅子ミルメコレオの顎が閉じられる。その鋏はクワガタというより、天敵である蟻地獄のように直線的な形状だ。それはつまり、挟むのに適した形状というより切断に適した攻撃的な形状ということだ。


「随分熱烈な接吻ですこと。生憎と私の好みではありませんわ」


 その鋏に挟まれようものなら人体など簡単にせん断されてしまうのだろうが、メルルは慌てずに後ろ手に円盾を構える。血で縁取られた円盾は容易く蟻獅子ミルメコレオの鋏を防ぎ、それどころか吸着するように鋏を固定させた。


「少々真似事になってしまうのが不愉快ですが、固い頭には効果的でしょう?」


 今度は血を纏った片手剣がメルルの手元で高速回転し始める。その血には魔金オリハルコンの小欠片が混じっており、それが片手剣を軸として螺旋を描いた。


 無慈悲で鋭い回転音に危険を感じたのか、蟻獅子ミルメコレオは鋏を振って上方にメルルを放り上げようとする。しかし、血によって絡め取られた鋏は開くことができず、メルルとの相対位置は変わることがない。次の瞬間には鋏の根元にドリルとなった片手剣が突き刺さり、貫通と表現するには過剰な破壊を伴って蟻獅子ミルメコレオの頭を貫いた。


「角は…刺さらなければ丁度いい取っ手です…!」


 メルルがドリルで蟻獅子ミルメコレオをしとめる傍らでは、タルテが凶悪な角を供えた個体に相対する。まるでトリケラトプスのような角をタルテは真正面から受け止め、その角をもっと凶悪な彼女の手が握り締めた。


 突進を受け止めた一瞬の静寂の後、蟻獅子ミルメコレオの体が重力を忘れたかのように持ち上がる。頭の位置をより高きに置くものが勝者という意見もあるが、大地を味方につける彼女にそれは当てはまらない。それこそカブトムシの戦闘のように、下に居ながらどちらか勝者かを如実に示している。


 宙に持ち上がった蟻獅子ミルメコレオはまさに死に体。踏ん張ることができなくなった蟻獅子ミルメコレオはタルテにされるがままだ。タルテはそのまま他の個体に向かって掲げた蟻獅子ミルメコレオを投げつける。投擲の急加速により体はその場に置き去ることとなり、砲弾となった頭が仲間にへとその角を突き立てた。


「これが…!一石二鳥という奴ですね…!」


「…一つの投石で二羽を仕留めてるんじゃなくて、一羽を投石代わりにしてるんだが…」


 ことわざの使い方に一石を投じるタルテを眺めながら、俺は小さくそう呟いた。しかし、使い方の正しさは別にして、俺らが戦闘に加わったことで綻びかけた戦線は維持された。押し留めた蟻獅子ミルメコレオの群れを更に押し込むように、周囲に居た騎士達が積極的に責め始める。


 だが、所詮は焼け石に水であったのだろうか。特殊な個体に苦戦していたのはここだけではないようで、広範囲で戦線が乱れ始める。そのため、俺らの後方では後退の指示となるラッパが高らかと吹き鳴らされた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る