第497話 蟻故に力強く、獅子故に心強い

◇蟻故に力強く、獅子故に心強い◇


「うわぁ…。なにあれ。流石に気持ち悪いね…」


 街道の先、森の切れ目を見詰めながらナナが辟易としたようにそう呟いた。ナナの言葉に同意するようにメルルもゆっくりと頷く。戦闘開始地点に待機している俺らの前方には、森から染み出すように大量の蟻獅子ミルメコレオが姿を現しているのだ。


 黒色や銀灰色の蟻獅子ミルメコレオの群れが緑の大地を侵食するように広がってゆく。例え大型となっても虫の特徴を残す蟻獅子ミルメコレオの大群は、生理的嫌悪感を引き起こす。彼女達が気持ち悪いと呟くのも納得できるものだ。


「うう…。羊さん…大丈夫ですかね…?」


「頼むから羊を助けるために前には出るなよ…」


 タルテの声に答えるように、一匹の羊がメェエと鳴いた。俺らが待機している位置よりもさらに前方、そこには血を流す羊が頑丈な鉄の檻に閉じ込められているのだ。羊は蟻獅子ミルメコレオを誘導するための囮であり、俺ら以上に過酷な運命が待ち受けている。


 残酷な手法ではあるが家畜を囮にすることはよくある話だ。むしろ今回は頑丈な鉄の檻に守られることになるため、生き残る可能性も無いわけではない。…因みに檻は祭祀の一族の屋敷から押収されたものらしい。恐らくは禁足地への運搬に用いていたのだろう。何を運んだとは言わないが…。


 傷を負った羊に気付いたからか、それとも追ってきた避難民の臭いが濃くなったからか、蟻獅子ミルメコレオの群れは速度を増してこちらに向けて進撃してくる。そして、まるで戦いの始まりを知らせる鏑矢のように、光り輝く矢が天に向かって放たれた。


 無駄ばかりの無駄無し矢フェイルノート。天空で分裂した光の矢はクラスター弾のように無慈悲に蟻獅子ミルメコレオの群れに降り注ぐ。蟻獅子ミルメコレオの頑丈な甲殻は容易くひしゃげ、その光景に騎士達の声が木霊した。


「さぁ始まりましたわ。この量なら直ぐにでも私達の番が回ってくるでしょう」


「今回の場合、ある意味あんまり活躍しないほうがいいんだけれどもね…」


 俺らは騎士と足並みを揃える訓練をしていない。だからこそ、俺らは戦線に加わるのではなく、衛生兵という役割が与えられているのだ。衛生兵といっても後方で傷病人を待つような仕事ではない。光魔法が使えるタルテも闇魔法が使えるメルルも戦える人間であるため、積極的に戦場に出向きその場で治療を執り行う少しばかり特殊な衛生兵なのだ。俺とナナは二人がなるべく治療に専念できるように護衛として付き従うことになる。弱った所に駆けつけるという点では、遊撃兵としての動きに近いこととなるだろう。


 騎士達が橋頭堡から躍り出ると、瞬く間に戦列を構築する。そして無駄ばかりの無駄無し矢フェイルノートを抜けてきた個体を受け止めるように一斉に剣を振るい始めた。矢による攻撃も未だにやまず、騎士達の頭上を越えながら後方の敵を穿つ。俄かに騒がしくなった戦場を見渡しながら、俺らも遅れながら活動を開始する。


「早速一人目だ!俺が切り開くから着いてきてくれ!」


「はい…!解りました…!」


 行き掛けの駄賃として近場の蟻獅子ミルメコレオを屠りながら、俺は風で補足した怪我人の下へと突き進む。そうして然程の時間を掛けることなく俺らは目的地へと辿り着いた。そこには麻痺毒に掛かったために何とか蟻獅子ミルメコレオと距離を取ろうともがく騎士がおり、滑り込むように駆けつけた俺が蟻獅子ミルメコレオを蹴り飛ばし、開いた空間にナナが即座に炎の壁を張った。


「タルテちゃん!壁を張るからその間にお願い!」


「あっ…あっ…から…体っ…がっ…!」


「麻痺毒ですね…!これなら直ぐに治せます…!」


 そしてタルテが火から遠ざけるように騎士を引き寄せれば、それと同時に麻痺毒を治療する。騎士は多少は戸惑ったものの、直ぐに自分の状態を把握し礼を言うと即座に戦線に復帰する。


 そんなことを数回も繰り返せばどんどんと戦況は広がり、更には過密になってゆく。騎士達はなるべく混戦とならぬよう隊列を維持して戦っているが、まったく綻びが無いわけではない。特に蟻獅子ミルメコレオには個体差があるようで、中には複数の騎士で当たる必要がある個体も存在する。


「ダメです!戦列維持できません!」


「泣き言なんか聞きたかないね!なんとかしろ!」


 そんな悲鳴が聞こえて駆けつけてみれば、複数人の騎士が押し込まれながら戦列が崩壊しかかっている。終いには吹き飛ばされるようにして盾持ちの騎士が俺らの方に転がってきた。


「タ、タルテ!?貴方、討ち漏らしをしたのですか…!?」


「ち…違いますよぉ…!?あの頭は私が潰したわけじゃありません…!」


「で、でもあんなにぺっちゃんこなってるよ!?タルテちゃんが殴ったんじゃないの!?」


 騎士達を吹き飛ばした異形とも言える奇妙な蟻獅子ミルメコレオに女性陣が驚愕している。彼女達が驚くのも無理はなく、騎士達を吹き飛ばした蟻獅子ミルメコレオはヒラズオオアリやナベフタアリのように頭が極端に大きく平坦になっており、盾や壁のように発達しているのだ。


 ヒラズオオアリやナベフタアリは、その異形の頭を巣穴を守る扉として活用する産まれながらのドアマンなのだが、この蟻獅子ミルメコレオは扉ではなく大盾の才能があるらしい。頭突きというなのシールドバッシュにて騎士達を押し込み、戦線を押し崩しているのだ。


「ハ、ハルト…。蟻獅子ミルメコレオは獅子の顔をした蟻なんだよね?…アレは別種?」


「…一応、獅子の範疇に入るんじゃないか?ほら、そこはかとなく片鱗が…」


「あ…あんな平坦な顔の獅子さんもいるんですか…!?驚愕です…!?」


 蟻獅子ミルメコレオの大半の個体は甲殻に覆われた獅子の顔…、見ようによってはどこかロボットのような機械的な形状をしているのだが、目の前にいる蟻獅子ミルメコレオは獅子と言っても動物園や幼稚園の送迎バスに有りがちなライオンを模したバスのような顔付きだ。


 バスなのだからこの蟻獅子ミルメコレオもある意味機械的ではあるのだが、蟻獅子ミルメコレオと言い切るには少しばかり疑問を呈するほどには獅子から離れている。…ふざけた見た目ではあるが、見た目どおりその顔面の面の皮は非常に厚く堅く、今も渾身と言える騎士の剣戟を容易く弾いてみせる。そして次なる獲物に俺らを据えたのか、蟻獅子ミルメコレオはその巨大な頭で地面を擦りながら、ブルドーザーのようにこちらに迫ってきた。


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