第494話 虫の波に備えて
◇虫の波に備えて◇
「街道沿いにも複数の
報告のために駆けつけてきた騎士の声が子爵邸の庭に響く。平時であれば周囲の注目を集めるほどの大声ではあったが、今はその声量が自然なほどに慌ただしくなっている。ジュドゥルゥの話を聞いたことにより、近衛や騎士団が戦闘に備えるため一斉に動き出したのだ。
第三王子をこの街から避難させることも検討されたのだが、逃げることを第三王子が頑なに拒否し、ついでに言えば街道は既に安全に通行できるといえる状態ではないようで、避難という選択肢は既に無くなっている。
現在の方針はこの街を拠点として防衛戦をおこなうことになっている。それと同時に多くの斥候が放たれ街の周囲の状況を確認しているのだが、ジュドゥルゥの話を裏付けるように大量の
「ヘルドラード子爵!住民の避難は進んでいるのか!?このままいけば外周部は確実に戦場になるぞ!」
「は、はい!…そ、それなんですが避難を拒んでいる方々もいらっしゃいまして…」
「そのような者は捨て置け!告知した事実が残ればよい!」
近衛と騎士団、そして衛兵が作戦本部となった子爵邸を慌ただしく駆け回り、戦いの準備を整えてゆく。こうなってしまえば俺らも志願兵として参加する腹積もりであったのだが、第三王子に声を掛けられたため、俺らは未だに彼と共に行動を共にしている。
場所は子爵邸の客室から庭にある天幕へと移される事となったが、そこに居座る面々は対して変わっていない。祭祀のタルタリカは地下牢へと運ばれたらしいが、ジュドゥルゥは未だに俺らの視線に晒されるように椅子に腰掛けている。違う点といえば、彼の手には手枷が嵌められている事だろうか。
「…それで、王子様。儂にまだ話があるのでしょうか。知っていることは全て打明けてつもりなのですが…」
「たわけ。貴様が言ったのだろう。自分の首で罪を雪いで欲しいと」
「…ほぉ。助命の嘆願が叶うにしろ叶わないにしろ、儂の首が刎ねられるのは全てが片付いてからだと思っておりましたが…」
第三王子の言葉にジュドゥルゥは首を差し出すように身を屈めてみせる。俺に首を刎ねさせるつもりなのかとチラリと第三王子に目をやるが、別にそのようなつもりは無いようで、彼は睥睨するようにジュドゥルゥを見返している。
「…ジェリスタ王子。例の者達を連れてきましたが…、本気でしょうか?」
「本気も何も実に都合がよいではないか。アンデスは私の意見に賛成してくれたぞ?」
アデレードさんが眉を顰めながら第三王子に声を掛けるが、第三王子は気にする素振りも無く答えて見せた。そしてその回答を合図にするかのように天幕の外から拘束された三人の人間が姿を現した。
「おぉ。どうなっているか心配でしたが、まだ元気なようですね」
姿を現したのは昨日に捕らえたエルフの三人だ。両手両足を拘束されて猿轡までされているが、大きな怪我はしていない。三人の姿を見たジュドゥルゥは目を細めて安堵するように声を上げた。しかし、どのような意図で彼らをつれて来たのかが解らないため、今度は探るような眼差しで第三王子を見詰め始めた。
また、連れて来られた三人もジュドゥルゥがここに居るとは思っていなかったようで、目を見開いて驚いた。弓使いなどは猿轡を噛み切る勢いでモゴモゴと何かを叫んでいる。三人は地面に膝をつけるようにしてその場に座り込まされた。
弓使いは俺が居る事に気が付いたようで、今度は恨みがましい視線をこちらに向けてくる。少しばかり挑発してみたくもなったが、それでは話が進まないため、俺は沈黙したまま冷めた眼差しで彼らを見詰める。
「その様子なら、何故ここにエルフの族長が来ているかは知らぬようだな。…この者は自身の首と引き換えに、一族の者の助命を請うたのだ」
「…!?…!……!…!?」
「大人しくしていなさい!」
第三王子の言葉に反応するように弓使いが再び呻き始める。そして拘束されながらも飛び掛ろうとしたが、アデレードさんに肩を掴まれ地面に体を押さえつけられた。だがその拍子に猿轡がずれてしまい、苦しげながらも彼の声が漏れ出した。
「長老…!?本気なのかよ…!なんでそんなこと…」
「儂の首一つで済めばそれに越したことはありません。それに、まだそれで済むと許しを得られておりません」
顔を土で汚しながらも弓使いはジュドゥルゥに顔を向ける。しかし、ジュドゥルゥは首を横に振りながら納得しろと言いたげに彼を突き放すようなことを口にする。
「…そなた達の事情を聞いたが、正直言って酌量の余地は無い…らしい。それこそ、今貴様を押さえつけてる者は殲滅の意を曲げてはいない」
「当たり前です。他者の罪を覆い隠すため、より大きな罪を犯しただけではないですか。この国ではそれも犯罪行為の隠蔽に当たるのですよ」
迂闊に明かせばこの地が立ち行かなくなるほどの犯罪行為だが、第三王子を襲ってまで隠匿するのが仕方が無いと思わせるほどの理由ではない。アデレードさんの思いは彼女の腕力に表れているようで、押さえつけられている弓使いは苦しげに呻いている。
「それでは…儂の首だけではご満足いただけないということでしょうか…」
「話は最後まで聞け。…だからこそ、罪を雪ぐ機会を与えてやると言っているのだ。…お前ら三人は、この街を守るために肩を並べろ。可能であれば他のエルフにも声を掛けるがよい。否とは言わせんぞ」
そう言って第三王子は残る二人の猿轡も解いて見せた。弓使いも、新たに猿轡を解かれた二人も、まさか戦うことを要求されるとは思っていなかったようで、困惑するように第三王子を見上げていた。
防衛戦を行うに当たって人手の不足が問題になっている。それをジュドゥルゥを人質にすることで彼らを働かせようというのだ。彼らの長大なリーチがあればより広範囲を守りきれると判断したのだろう。…三人には断ることができないだろう。暫くの逡巡はあったものの、三人は引き受けると小さく呟いた。
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