第493話 半獣半植物

◇半獣半植物◇


「なっ…!?もう始まるだと!?なぜそれを早く言わない!」


 ジュドゥルゥの言葉にアンデス隊長が叫ぶように立ち上がった。そして部屋の入り口に歩み寄ると、外に立っている騎士達に街の周囲の情報を持ってくるように指示を出した。俺の聞いた話が正しければ、他のエルフが侵入してくることを警戒して、子爵邸だけでなく街の周囲にも警邏の人間を放っているはずだ。異変があれば直ぐにでも情報は集まるだろう。


 明言されたわけではないが、ジュドゥルゥの視線はタルテの豊穣の力が引き金になったと仄めかしていた。そのことに気付いた人間は少ないが、当の本人は自分が切欠になったと指摘され青い顔をしている。俺やナナ、メルルは次々とタルテの頭に手を伸ばして慰めるように撫でた。


「ほら、タルテちゃん。そんな顔しないで」


「その…ありがとうございます…」


「気にすんな。居た程度で責められる謂れがあるかよ」


「タルテは優しすぎますわね。私でしたら気にも留めませんわ」


 唐突にタルテを愛で始めた俺らに第三王子が不思議そうな顔を向ける。この場に居る大多数の人間にはタルテの種族が秘されているため、ジュドゥルゥが仄めかしたことが伝わらなかったのだろう。ジュドゥルゥもその事を口にするつもりは無いようで、先ほどから口を噤んでいる。


 彼も別にタルテを責めるつもりは無いのだろう。むしろ微笑ましげにこちらのことを見詰めており、この地の者の罪を打明けたときとは対照的だ。その振る舞いはどこか厄災に対して投げ遣りになっているようにも見えた。


「エルフの老人よ。溢れ出すと言っていたが、羊のなる木バロメッツはそんな移動する魔物なのか?…その、植物なのだろう?」


羊のなる木バロメッツは取り込んだ動物で大きく姿を変えます。移動が可能かどうかは見てみないことには…」


「なんだ?実際に確認していないのか?…そなた達も律儀に禁足地に踏み入れぬように気を使っていたわけではあるまい」


 魔物がここに迫ってくる。その情報を詳しく探るためか、第三王子がジュドゥルゥに訪ねかけた。アンデス隊長は襲撃の情報に浮き足立っているものの、意外にも第三王子は冷静に振舞っている。むしろ、この場において彼が会話の流れを掴んでいると言ってもよい。アデレードさんも冷静なようだが、彼女は口を挟むことなく、第三王子の成長を静かに見守っていた。


「もちろん儂らも羊のなる木バロメッツを討伐するために幾度も無く禁足地には踏み入れました。…しかし、辿り着けるのは祭祀の者が利用している子株まで。親株に辿り着くまでには大量の魔物が行く手を阻むのです」


「魔物…。蟻獅子ミルメコレオか。たしか共生関係と言っていたな」


「ええそうです。貴方様も見ましたでしょう?…そもそも、こんなにも蟻獅子ミルメコレオが大量に発生していることが、羊のなる木バロメッツが強大になっている証左でもあります。それこそ、先兵となるのは蟻獅子ミルメコレオでしょうな」


 ジュドゥルゥの言葉を聞いて、第三王子はチラリと俺の方を見詰めた。俺が魔物に詳しいから確認のために見たのだろうが、残念ながら俺も断言できるほどの情報を持ってはいない。俺は渋々と口を開いた。


「そもそも蟻獅子ミルメコレオは珍しい魔物だから、あまり生態は知られていない。…正直言って蟻獅子ミルメコレオ羊のなる木バロメッツが共生関係を結ぶなんて初めて聞いたんだが…」


「おや。ご存知ありませんでしたか。蟻獅子ミルメコレオはあまり物を食べず、しだいに餓えて死にます。…戦闘に特化した兵隊蟻の命は使い捨てのような物なのですよ。物を食み栄養を蓄えるのは女王蟻の仕事で、兵隊蟻は死に向かって走るばかりなのです」


 まだ知らぬ魔物の知識に俺は興味深く耳を傾ける。軍隊はまるで一つの生命体のように役割を振り分けるというが、まさか蟻獅子ミルメコレオは消化という役割すら分けているのだろうか。女王蟻が栄養を蓄え、一生分の栄養と共に兵隊蟻を産み落とす。そして働き蟻はろくに食べもせずに働かされるのか。


 もちろん、消化器官が存在しているためまったく飲み食いしないわけではないのだろう。だが、栄養価が異様に高い物でもなければ、運動能力に消化能力が追いつかないということか。


羊のなる木バロメッツならば、彼らに十分な栄養を与えることができます。だからこそ、古い時代では蟻獅子ミルメコレオは蟻ゆえに肉は食えず、獅子故に草は食えないと言われておりました。羊のなる木バロメッツは半獣半植物ですのでね…」


 第三王子から魔物談義は後にして要点だけ話せと言いたげな視線が向けられるが、俺はその視線を振り切ってジュドゥルゥの話を聞く。実際に魔物と戦う上では相手の情報は非常に重要なのだ。だが、第三王子の思いが通じたのか、ジュドゥルゥの話を打ち切るように外から慌ただしい足音が聞こえてきた。


 足音はノックの音へと代わり、即座に一人の騎士が室内に入ってくる。彼は第三王子に軽く目礼をすると、即座にアンデス隊長に書類を渡し耳打ちをした。騎士の話を聞きながらも、アンデス隊長は渋い顔で報告書らしき書類に目を落とす。


「…どうやら、貴様の話は戯言ではないようだな。確かに街の外周部にて今日だけでも蟻獅子ミルメコレオが複数目撃されている…」


 アンデス隊長は低い声を出しながら、投げ捨てるように机の上に書類を置いた。そして睨みつけるようにしてジュドゥルゥに向き直った。


「まさかとは思うが…お仲間を使って追い立てている訳ではなかろうな?」


「そんな…!?いくらなんでもそのようなことは致しませぬ!」


「よせ、アンデス。この者にそこまでする理由は無いだろう」


 第三王子はアンデス隊長を取り成しながらも、机の上にある書類を手に取る。そして彼もまたそこに書かれた情報に顔を顰めて見せた。走り書きで記載された蟻獅子ミルメコレオの目撃情報。その頻度は時間経過と共に増加しており、せまる刻限を暗に俺らに示していた。


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