第492話 不幸なめぐり合わせ

◇不幸なめぐり合わせ◇


「まるで盗賊宿だな。…街ぐるみとなれば、より悪辣なものではあるが…」


 宿にとまるとき真っ先に確認するのが部屋の鍵だ。治安の悪い場所の宿には、ごく稀ではあるが夜中に宿泊客の部屋に押し入り、金品を奪うような場所にも存在するのだ。もちろん宿泊客の命が無事であることのほうが少ない。


 ヴィリデザルトの街はそれを羊のなる木バロメッツに捧げるために行っていた。中心になったのは祭祀の一族なのだろうが、ジュドゥルゥの発言からして街の人間が加担していたのは間違いない。そうすれば確かに彼の言うとおり多くの者が罪に問われることになるだろう。


 ジュドゥルゥの言葉を聞いて、タルタリカは顔を赤くヘルドラード子爵は青くしている。…ヘルドラード子爵は加担していたのではなく、知らなかったのだろうか。どのみち、例え加担していなかったとしても領主としての資質が問われることになるだろう。


「この土地じゃそれが当たり前ながや!外様にりぐられる筋合いは無い!こっちは昔からこれでやってきたがじゃ!」


 軽蔑するような視線を受けて、タルタリカが反論するように叫びだした。その言葉はバグサファ地方の内情を語ったジュドゥルゥではなく、それを聞いていた俺らに向けられたものだ。


「あ、当たり前って…タルタリカさん!こんなおぞましい事を…」


「うるさいうるさいうるさい!われが昨晩食べた飯じゃちミドリ様の恩恵で実ったんやぞ!もとはどこぞの人の躯や!ミドリ様に生かされ死んだらミドリ様に還る。それがこの世の法則や」


「おい、アデレード。その男を黙らせろ。あまりに聞くに堪えん」


 呆れた声でアンデス隊長がアデレードさんに指示を出す。彼女も同じ思いだったのか、即座にタルタリカを捕縛し、その口に猿轡を噛ませた。しかし、止めるのは少しばかり遅かったようで第三王子は顔色を悪くしている。昨日の食事も人間を有機肥料にした畑で作られたと聞いて気分のよいものは居ないだろう。


 縛り上げられても呻くタルタリカの様子が、ジュドゥルゥの話が真実だと物語っている。しかし、タルタリカを縛り上げたアデレードさんが呆れるように息を吐き出しながら口を開いた。


「なるほど。確かに打ち明けるのは憚られる内容ですね。…ですが、その程度で一国の王子に弓引く理由になると思っているのでしょうか?貴方は随分と殿下を低く見ているようですね」


「アデレード…。だが私は無事なのだぞ…?」


「ジェリスタ王子。例え御身に傷一つなくとも、彼らの行いは極刑に値する物なのです」


 第三王子を諭すように言葉を投げかけるも、アデレードさんの冷たい視線はジュドゥルゥを射抜いている。


「…彼女の言うとおりではなるな。本来ならば一族郎党の首を刎ねることとなる。内情も理解は出来るが納得できる物ではない。…それをこの者の首一つで済ますのは、余りにも身勝手な要望だ」


 アンデス隊長もアデレードさんに同意するようにジュドゥルゥを睨みつけるが、その間もひたすらにジュドゥルゥは床に額を擦り付けていた。平伏するジュドゥルゥの姿を見て第三王子は同情しているようだが、近衛の二人は純粋な事実だけを見据えて判断している。


 樫の木クウェルクスの氏族が根っからの悪人の集団ならよかったのだが、完全なる悪人なぞ存在しない。それを経験則からも知っている俺らはともかく、まだピュアな第三王子は他者が責められている空間に居た堪れなくなり、しきりに視線を彷徨わせている。


「初めからこうして訪ねて来れば良かったのだ。…下手にこの地の者を庇おうとするからこうなるのだ。大方、こちらの力量を舐めて掛かっていたのだろう。配下の者が捕まってようやく身を切る覚悟ができたか…」


「配下の者が捕まったから…ですか…」


「違うのか?罪を隠すために殿下を襲っておきながら、エルフが捕まった途端に罪を打明けたではないか。隠蔽が正しいとは言わないが…、喉下に刃が迫ってから対応を変えるのは私は好かん」


 アンデス隊長が愚痴るように文句をジュドゥルゥに言葉を投げかけた。俺にはアンデス隊長にあまり良い印象を持っては居ないが、この件に関しては彼に同意したくなる。これでエルフの姫君が人質に取られていたのだったらまだ同情したくなるが、語られたのはおぞましいこの地の内情だ。


「…確かにそうですね。それもまた一つの真実。…長らく生きた私ならまだしも、まだ若い彼らには生きていて欲しいと願っています」


 ジュドゥルゥは伏せていた頭を上げた。そしてその目はアンデス隊長を真っ直ぐ見詰めている。


「…ですが、そればいわば。今日ここに来たのは災厄に備えて貰うためにきたのです。…手の平を返すように対応を変えたのは、身内が捕らえられたからではありません。…単純に隠し切れなくなったからなんですよ」


 浅ましい理由で申し訳ありませんと続けながらジュドゥルゥは目を細めた。再び彼の口から出てきた災厄という言葉に皆が眉を顰める。そしてアンデス隊長を真っ直ぐ見詰めていたジュドゥルゥの視線がゆっくりとタルテの方に向いた。そして何かを確認するようにその瞳が細められた。


「…もしかして…もう溢れ出すのですか…?」


「ええ。それこそ羊のなる木バロメッツは僅かな刺激があれば十分でしたのでしょう。あの禁足地から最も近い街はここです。もう直ぐにでも兆しは現れるはずです」


 タルテが青い顔をしてジュドゥルゥに尋ねれば、彼はそれを肯定した。


 …この部屋に第三王子だけでなくタルテが来るように指定したのはジュドゥルゥだ。一体何の為にタルテを呼んだのかといえば、彼女の正体を探るためであったのだろう。彼は豊穣祈願の儀式をすれば、羊のなる木バロメッツが活性化すると言っていた。こうして打明けられたことで豊穣祈願は阻止することができただろうが、不幸なことにこの地にはタルテが赴いてしまった。


 豊穣の一族が特別視されるのは非常に強力な豊穣の力を持っているからだ。今回の行脚では彼女がわざわざその力を使って豊穣の力を行使しているが、本来ならばそんなことすら必要ない。彼ら彼女らは、その地に豊穣を齎すほどに力が強いのだから…。


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