第491話 有機栽培SAN値直葬

◇有機栽培SAN値直葬◇


「それは、事前にどこにも知らせなかったのか?たしか貴様らに射られた矢に矢文は混じっていなかったと思ったが?」


 アンデス隊長は尚も苛立ったようにジュドゥルゥを問いただす。腕を組みながらも指先で二の腕を叩き、視線はより険しくなっている。その視線を受けてジュドゥルゥは逡巡するような素振りを見せた後、重苦しい空気を背負うようにして再び口を開いた。


「…知られることを恐れたのです。明るみに出すには余りに惨く、その罪は我等で背負える物ではありません。…だからこそ、我等が秘密裏に処理しようと…。それが弓を引く理由に足るとは申し上げませんが…」


 そう言って、ジュドゥルゥは静かに息を吐き出した。そしてゆっくりと顔を上げると、再び第三王子に向かって頭を垂れた。


「…ここは子爵の館なれば、人の住まうところ…そして人々の動きを記した書類はございますかな。そこに…この地の者の罪が記されております」


 懺悔は只人に許された権利でありそれを止めることは禁じられている。神の御前ではなく子爵館の一室ではあるが、彼の言葉を遮るものはない。唯一、そんなことを気にしないであろうタルタリカは何故か脂汗を掻いて押し黙っている。


 彼の言葉を聞いてアデレードさんがヘルドラード子爵に使いを出す。本来であればそんな情報は簡単に見せて貰える情報ではないのだが、これまでの失態を引き合いに出せば子爵は頷くしかないだろう。


 暫くした後その資料が届けられ、それが机の上に広げられる。ついでといっては何だがヘルドラード子爵も顔を出して椅子の一つに腰掛けた。彼は未だに何が話されていたのか知らないようで、青くなった顔を右往左往させている。


「これがお望みの物ですが…、どこにその罪とやらが書かれているのですか?」


 アデレードさんが机の上に広げられた資料に目を向けながら、ジュドゥルゥに問いかけた。彼はその言葉を聞いて、ゆっくりと指先を資料に向けた。そしてその指先の示すところを見て、今まで押し黙っていたタルタリカが再び声を荒げた。


「止めろ!貴様何を伝えるつもりや!そがな耳汚しは知らせる必要が無い!」


「…ここと…ここの村。そしてこの村も。既に誰も残ってはおりません。…年老いた者が多くなったため、全てあの山へと送られました」


 タルタリカの静止を振り切るようにして、ジュドゥルゥは呟いた。タルタリカの声にかき消されるような静かな声であったのだが、その内容は俺らの耳に残って消えることは無かった。


「姥捨て…ですか。それにしては村人全てというのは…」


「…それだけではありません。…関所の記録はどれでしょうか…」


「止めろ!止めろ!この地に仇なすつもりか!」


「ちょ、ちょっとタルタリカさん!一体何を…!?」


 暴れるタルタリカをヘルドラード子爵が押さえつける。その騒動の端目に捉えながらも、大多数の者の視線はジュドゥルゥの呟いた関所の記録へと向かった。一見すれば特に不振な点は無い。俺はこれが何を指し示すのか解らず軽く首をかしげた。


「…?なんだこれは。改竄の跡があるぞ」


 最初に口を開いたのは第三王子であった。唐突な台詞に皆の視線が一瞬第三王子へと向かうが、その言葉の内容を確かめるべく直ぐに視線は資料へと向けられた。唯一、感心したように頷いてみせたのはメルルとジュドゥルゥだけであった。


「か、改竄ですか?私には普通の記録に見えますが…」


 皆の気持ちを代弁するようにアデレードさんの言葉が零れた。しかし、それに答えるように今度は第三王子の指先が資料に向けられた。


「数値が不自然にばらついている。…六が続く賽の出目は不自然だが、全ての数字が同じ頻度で分散しているのもまた不自然だろう?これは人が故意に数値を改竄したときに出る傾向だ」


「そのとおりですわ。…ですが、ジェリスタ王子。これを直ぐに見抜けるのは、一種の才能でございますわよ?」


「そ、そうなのか?病床で読んだ本に書いてあったのだが…」


 その言葉を聞いて俺の脳裏に正規分布やら品質管理だとか思い出したくなかった単語が蘇る。そういえば人間はランダムに数字を配列しようとしても不自然に数字が散らばるため、グラフや数式に落とし込むとそれを判別できたはずだ。…因みにその知識がある人間が改竄すると、完全にランダムになるため見抜けなかったりする。


 だがそれを一目で見抜いた第三王子に、俺も感心するように視線を向けた。しかし、それと同時に関所の記録が改竄されたことの意味に考えが行き着いた。何故、関所の書類を改竄する必要があったのか。…第三王子が指摘したのは貨物ではなく人の流れをしるした数値だ。それが意味するところは…


「それが…、それこそが…儂達が貴方様を遠ざけようとした理由でもあります。…これを知られたくは無かった…。どうにかして秘密裏に解決をしたかった…。知られれば多くの者が罪が白日に晒されます…。…罪に濡れても彼らはかつて我等が導いた民の子なのです…。どうしても、見捨てることはできませんでした…」


 ジュドゥルゥは涙を零しながらも床に手を着き、額を地面に擦るように頭を垂れた。その姿を見ながらタルテが小さく呟いた。


羊のなる木バロメッツを育てるのは…どこかで破綻します…。羊のなる木バロメッツが要求する餌の量や質に…とてもじゃないですけど応えられなくなるのです…」


 ではその餌はどこから来たのか。姥捨てされた者は何処に消えたのか。何故関所の記録が改竄されていたのか。…もしかしたら不自然に旅人が消えているのではないか。ジュドゥルゥは明言しないものの、何が起きていたのかは簡単に想像できる。


 そして民にも罪があるというのならば、それに加担しているのは祭祀の一族だけではないのだろう。ただ畑を肥やすためなのか、脅されたのか、あるいは家族の身代わりなのか。…この地の者から俺らに向けられていた仄暗い視線は、一体何を企んでいたものなのだろうか。


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