第489話 エルフの翁はかく語りき

◇エルフの翁はかく語りき◇


「この度はいきなりの訪問にも拘らず、このようにご配慮いただき恐悦至極に存じます。儂の名はジュドゥルゥ。…こんななりですが、樫の木クウェルクスの氏族を率いておりまして」


 俺らが案内された客室にはアンデス隊長と二人の騎士、そしてその騎士に挟まれるようにしてヨボヨボのお爺ちゃんが待っていた。豊かな髭と長い眉毛、そして長髪が頭を覆っており、横から尖った耳が飛び出していなければドワーフと勘違いしてしまいそうな外見だ。彼は俺らと共に入室した第三王子の姿を見ると、目を細めたあと深々と頭を下げた。


 そして顔を上げるとしげしげと第三王子の羽織る上着を見詰めていた。その眼差しはどこか孫を見る老人のようで、第三王子はその好意的な視線に困惑している。…エルフは自然崇拝や精霊信仰を持った種族だ。それ故に、彼らは精霊や妖精に見込まれた者に敬意を示す。そして、第三王子が羽織っているハベトロットの護り布は妖精の好意の証に他ならない。


「…それで、命乞いをしに来たと聞いたのだが…」


「ええ、そうですとも。…此度の大罪。なんとか儂の首一つで済ませていただけないかと…。まこと勝手な言い分とは承知しておりますが、何卒…何卒…」


 第三王子が口を開くと、ジュドゥルゥは平伏して頼み込んだ。量刑や酌量の経験の無い第三王子は更に困惑の度合いを深め、傍らにいたアデレードさんに相談するように視線を投げかけた。逆にアンデス隊長は鋭い視線をジュドゥルゥに向けている。到底、首一つで収まる話ではないと考えているのだろう。


「それはジェリスタ王子殿下を襲った自供ととってもよいのか?…そもそも何故あのようなことを…」


 酌量するにも彼らの事情が余りにも不鮮明であるため、アデレードさんが第三王子に代わってジュドゥルゥに尋ねかける。


「…それは…。…王子様には帰って頂きたかったのです。このバグサファの地であの豊穣の角鍬コルヌコピアを使われるわけにはいきませんので…」


 ジュドゥルゥはあの襲撃は第三王子に戻ってもらうためにやったと打ち明けた。しかし、勢い余って俺や第三王子は滑落する羽目になったのだ。第三王子自身はハベトロットと出会えたこともあって然程気にしてはいないが、だからと言って素直に許す訳にもいかないだろう。


「…なぜだ?地が肥える事は良い事だろう。それがお前達にどう関係する」


「殿下、恐らくこの者はあの無礼な祭祀の一味なのでしょう。エルフは植物を育てるのが得意ですので…。つまり、ある意味では祭祀の力の正体はエルフだったというわけです」


 話を聞いていたアンデス隊長が口を開く。俺が棚畑で思いついたように、エルフが祭祀となんらかの繋がりがあると思い至ったようだ。


「それは…正しくもあり、間違いでもあります。初めに言っておきますが、あの者達とはとうに袂が別れております」


 しかし、祭祀の言葉を出した途端、ジュドゥルゥの顔が曇った。その顔に浮かぶのは侮蔑と嫌悪の色。そこに何らかの確執があることを、言葉以上に表情が語っていた。


「無関係とは言わぬのか。ならば祭祀の奴も呼び出すか?丁度この邸宅に足を運んでいるぞ?」


「おお…!あの者も来ておるのですか。それは都合がよいことです。我らと…彼らの罪を明らかにしましょう」


 試しに第三王子がタルタリカを召還することを仄めかせば、意外にもジュドゥルゥは乗り気でそう言葉を返した。


 その言葉を受けて、アデレードさんが部屋の外を警備していた騎士にタルタリカを呼び出すように言付をした。暫くした後、横柄な足取りでタルタリカが姿を現した。


「…!?どいてその者がここにおる!王子殿…!この者は妄言を垂れ流す不届き者ですぞ!」


「その口を閉じなさい。この場での発言を貴方は許可されて下りません」


「そ、そんな横暴な…!?私が声を掛ければ一斉に…」


「黙れといっている!!」


 唾を飛ばす勢いで口を開いたタルタリカに、アデレードさんが脅すように圧をかけた。それでも口を閉ざさなかったからか、アデレードさんの怒声が響く。俺らに向けられたものではないが、鋭く刺すような声に思わず第三王子は身を竦ませる。


 怖かったのだろう。第三王子はアデレードさんから一歩離れ、モルガンへと身を寄せた。その様子を見てアデレードさんは少しばかり悲しい顔をしたものの、それは一瞬のことで即座にタルタリカを睨み付けた。


「こ、この者がお前らの罪とやらを告白してくれるそうなのでな、そのためにお前を呼び出したのだ。いいからそこで大人しくしていろ。なに、後で弁明くらいは聞いてやる」


 それでも恐怖を拭って、第三王子はタルタリカに声を掛けた。まだ触りも話を聞いていないのだが、既に第三王子の中ではタルタリカは悪者になっているらしい。例の会議で随分と嫌われてしまったようだ。そしてタルタリカが黙っているのを確認してから、話を促すようにジュドゥルゥに視線を向けた。


「全てを語りましょう。儂はその為にここに赴いたのですから。…始まりはそう…今から数百年ほど昔に遡ります…」


 滔々とエルフの翁は語り始める。今回の事件を語るに当たって、まさか昔々と話が始まるとは思っていなかったため、口にはしないが誰もが訝しげに眉を持ち上げた。


「今もそうですが、当時からこの地はあまり豊かとは言えぬ土地でして…、そのこともあって樫の木クウェルクスの氏族はこの地に根を下ろし、他の民のために畑を肥やす手伝いをしておりました」


 語られるのはまだこの地が統治される前の逸話。要するにその頃はエルフ達がこの地に住まう者達を導いていたのだろうが、流石にそんな頃の話の知識は持っていないため、誰も口を挟むことはない。


「それが終わりを告げたのが、西に新たに起こった国。様々な種族が共に肩を並べたその国に、別の氏族に誘われたこともあって、儂達も赴くことになったのです」


「西の国…。ガナム帝国じゃないな。亡国カーデイルか…」


 傍聴に徹していたつもりだが、俺は思わず口に出してしまった。以前に散々迷惑を掛けられた残党達のことが思い起こされる。それはナナやメルルも同じようで彼女達は警戒を深めるように表情を険しくした。


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