第486話 星と謡われた者

◇星と謡われた者◇


「もしかして…まだまだ十分に間合いがあると思ってんのかぁ!?弓使い!」


 駆け出した俺に目掛けて奴の矢が殺到する。俺は斜め前に突き進み、かわした矢が大地に着弾し、轟音と共に土が舞い上がる。弓使いは俺の行動を予測して矢を放つが、俺は身を捻ることでそれすらも避けていく。


 矢の威力が異常ということを除けば、単なる弓使いと双剣使いの競り合いに見えるだろう。しかし、俺と弓使いの間には風の制御の奪い合いという目に見えない戦いが巻き起こっている。俺は風を操り矢を逸らそうとするが、奴の矢はそれに抗うような風を纏う。それでも強引に風を吹かせれば、逸れることをを見越して矢が変則的な軌道を描く。


 風の制御の奪い合い。それによって生まれる制御されない風の流れ。そしてそれすらも把握する風の読み合い。見えない鬩ぎ合いは何もないところに風の炸裂を生み出し、風を感知できない第三者には、まるで透明人間が周囲で戦っているように感じるだろう。


「…ちょこまかと!?野ウサギか貴様は!?」


「ウサギねぇ。神代の大迷窟の殺人ウサギヴォーパルバニーかもしれねぇぞ?」


 これ見よがしに剣を振るって挑発してみれば、一段と鋭い矢が俺に向けられる。俺はそれを叩き斬り、弓使いに向かって距離を詰めてゆく。しかし、彼も足を止めて矢を放っているわけではない。俺との距離を開けるように飛び退いてゆく。


 だが、何発もの矢を放っても俺を仕留められないうえ、間合いが着実に狭まっている状況に弓使いは苦しげな表情をしている。だからこそ出し惜しみは止めたようで、彼は矢筒に手を伸ばすと、複数の矢を取り出してそれを空中へと放り投げた。


 クルクルと宙を舞う複数の矢。俺は即座にそれを吹き飛ばそうとするが、それよりも早く弓使いの魔法が展開される。彼が弓の弦を琴のように弾くとその音に共振するかのように矢が静かに震えた。


「森一番のイチイの名木は、弓手の要らぬ弓となる。矢はひとりでに膝を狙うイヴァル・グシスナウタル…!」


 放物線を描いていた矢は宙でピタリと静止する。しかし静止したのは放物線運動だけであり、回転運動は止まっていない。クルクルとその場で回転して矢は不思議と勢いを衰えさせず回転する。しかして、その切っ先が俺に向いた瞬間、磔にあったかのように唐突に全ての矢が静止した。


 弓使いは弦を更に打ち鳴らす。どこか無駄な動きの多い不可思議な振る舞いだが、その儀式めいた動きこそが、世界に魔法が正しい物だと誤認させる。この隙に距離を詰めてもよいのだが、追従して鏃の向きを変える矢が俺にそれを躊躇わせる。


 キリリと弦も無いのに何かが張り詰めたような音が聞こえた。そして躊躇った俺を咎めるように、次の瞬間、俺に目掛けて次々と矢が放たれた。


「弓使いじゃねぇのかよ!?弓を使え弓を!」


「ウサギは止めてハリネズミになるがよい!双剣使いよ!」


 即時に全てが放たれるのではなく、逃げ場を潰すように順次矢が放たれるのが何とも嫌らしい。それに撒き散らした位置から射出されるため、複数方向から俺目掛けて飛んでくることもこちらの行動を地味に阻害してくる。本来なら死角からの攻撃など、俺にはあってないようなものだが弓使いが風の知覚を邪魔してくるからより悪辣だ。


 飛んで走って回転する。その隙に弓使いは俺から離れ、安全圏から一方的に矢を放ち始める。先ほどまでは苦々しい顔をしていたのに、今となっては嗜虐的な笑みを浮かべて俺を攻め立てている。


「ふん。間合いは十分だった見たいだな。一撃も私に触れていないではないか!」


「逃げ撃ちしてるだけの癖して偉そうに!そっちだって傷一つ付けれてないぜ!」


 向こうからの一方的な攻撃を受けているが、その全てをかわすか叩き斬ることで防いでいる。そして戦況の優勢劣勢を表すかのように俺と弓使いの間合いが細かく変化する。未だに周囲には俺を狙う矢が展開されているが、連続する弓使いの攻撃で都合よく足元の土が削れている。


 その下から顔を出したのは、耕された土ではなくその下にある砂利のような土の層。それすらも奴の攻撃が舞い上げてくれたので、こっちはそれを利用する。


「風を纏ってるなら間接的に削り取ってやるよ。塵集めの小さな悪魔、塵旋風ダストデビル!」


 俺を中心に旋風が発生し、その風に乗った砂利がサンドブラストのように奴の矢を削り取る。細い木に過ぎない矢はそれだけで破砕するように砕け散った。その隙を逃さず、俺はそのまま弓使いを追いすがるように距離を詰める。


 しかし、向こうもそれを読んでいたのだろう。弓使いは今までの矢とは違う文様の刻まれた特殊な矢を番えて弓を引き絞っていた。矢は極光を纏い、込められた魔術が発動するのにあわせて弓使いの前方に魔法陣が展開される。その光に照らし出されるようにして、砂塵を抜けた俺と低い姿勢で弓を構えた弓使いの視線が交差した。


「…その体に刻め。流星ミーティアと称された私の弓を!」


「てめぇが流星ミーティアなら俺は彗星メテオだ。俺が、俺自身が彗星メテオなんだよ」


 光の尾を引いた矢はまるでビームのように俺目掛けて真っ直ぐ風を斬り裂いて進む。だが、俺も暢気に発射を見守っていたわけではない。圧縮した空気を炸裂させて、俺は急激に加速する。


 突き進む俺と弓使いの矢。相対的にその速度は加算され、瞬きの暇も無く俺らは交わった。だが、高速領域を見詰めることしかできない弓使いと、高速領域に自らが突入する俺。勝敗の差はそこでついたのかもしれない。


 頬を掠めた熱を感じながら、俺は弓使いの鳩尾に向かって膝蹴りを叩き込む。その勢いは着弾程度で止まることは無く、弓使いを俺諸共森目掛けて吹き飛ばした。


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