第485話 駆けつける殺気なエルフさん
◇駆けつける殺気なエルフさん◇
「お嬢さん達!そいつを連れて下がれるか!?追加でおかわりが来てやがる!」
以前の襲撃で力量を示したからか、騎士達はナナとタルテの協力に好意的に礼を述べてくれる。だが、状況は検討を称える暇を与えてはくれない。森の中から現れた
兵隊蟻と働き蟻のような違いなのだろうか、幸いにも追って出てきた個体は今の個体ほど大きくは無い。騎士達はすぐさま次の行動に移るべくナナとタルテに救護者を引き連れての退避を頼み込んだ。
タルテが頭上に救護者を掲げるように持ち上げ、ナナと共に俺らの方へと下がってくる。やはり、救護者は麻痺毒に蝕まれているようで、その手足が細かく震えている。
「タルテ。治療は待ちなさい。…ハルト様…この者は…」
「へっ…?麻痺毒ですから直ぐに治りますよ…?…それに止血しませんと…」
「それならば止血だけに留めなさい。麻痺はなるべく治さないようにできますか?」
俺らの下へと辿り着いたタルテは、救護者の麻痺毒を治療しようとしたのだが、それをメルルが止めた。メルルは救護者の口元や頭部を覆っている布に手を伸ばすと、それを剥ぎ取ってその者の顔を曝け出した。
布が剥ぎ取られたせいで、中に隠されていた金髪が解けるように広がった。そしてその金髪の下にある特徴的な耳が、救助者の正体を教えてくれる。意識はあるようで、憎々しげとも警戒しているともつかない眼差しでこちらを見詰めている。
「エルフ…ですか。ハルト様の言っていたことが、当たっていたのでしょうか」
「解らん。…祭祀の奴らに突き出してみるか?」
俺はチラリと禁足地の方向を確認する。アンデス隊長と言い争っていたタルタリカはどうしているのかと思ったのだが、彼は既に逃げ出し始めている。…風でそちらの声を拾ってみれば、タルタリカは逃げる農民を押しのけながらも、何故か騎士相手に禁足地を守るように叫んでいる。
騎士に禁足地を守護する謂れはないため、彼らはその言葉を無視して農民の避難に従事しているが、それが気に食わないようで、タルタリカはより一層怒気を強めている。それでも自分は逃げるために馬車に乗っているのだから、あまりに我侭な言い分だ。
「おい、少年!その女は蟻に咥えられていた奴か!?」
俺が避難する者達のほうを見ていたからか、そちらからこっちに駆けて来るアンデス隊長と目が合った。彼は遠くからこっちの状況の推移を見ていたようで、助け出されたエルフを指差しながらそう叫んだ。
エルフの女性はアンデス隊長の声に痺れているだろう体を一層引きつらせた。このエルフの女性が単なる行きずりの狩人ではないことはナナやタルテも解っているようだが、体を自由に動かせない可憐なエルフの女性と、息を荒げながら大股で近寄ってくる筋骨隆々の男は余りに絵面が悪い。無意識の行動か、ナナは彼女を庇うようにアンデス隊長との間に立った。
しかし、アンデス隊長はナナを無視して、彼女越しにエルフの女性を確認する。…そして何を思ったのか、しゃがみ込むと恭しくエルフの女性の手を取った。
「…!?…お嬢さん、もう大丈夫ですよ。貴方は運がよい…。ちょうど我々がこの畑に詰めていたのですから」
「…?…こい…つは、なに…を…言って…るのだ…?」
アンデス隊長の残念な対応に、痺れた舌をなんとか動かしてエルフの女性は困惑した声を上げる。ナナとメルルの冷やかな目が向けられるが、アンデス隊長はまったく気付いていない。それどころか、彼はこのエルフが襲撃者の一味だと気が付いていないのだ。
だが、それでも直ぐに彼女の正体を知ることになるはずだ。なぜならば、蟻を追いかけるようにして、更に追加の者達が姿を現し始めたからだ。
先行していた大型の
「セニャーシャが居たぞ!兵士に捕まってる!シュルジュ!リャスカ!なんとしても助け出せ!」
「レキュラ…きては…ダメ…。ほおって…おいて…」
襲撃者は今まで木々の中に隠れて俺らを襲ってきたが、今度は身を隠すことなく棚畑の中に飛び込んできた。
どうやら彼ら彼女らも
「ハルト!間違いないみたいだね。あの時襲ってきた弓使いだよ!」
「なんとしても捕縛したいところですわね。…まぁ、一人は捕らえることができていますが…。アンデス隊長様。彼女の手を離してはダメですわよ?」
「あ、ああ。…この方は…もしかして…襲ってきた弓使いなのか?」
迂回するエルフ達を阻もうと、
矢に押し込まれた騎士は
「その汚い手をセニャーシャから離せ!」
見れば幼い弓手も混じっている。エルフだから見た目以上の年齢かもしれないが、そいつはセニャーシャの手を掴むアンデス隊長に目掛けて弓を放った。だが、やはり幼いのかもしれない。あの弓手と違って、放たれた矢は簡単に俺の風に逸らされて地面に突き刺さった。
不自然な弓の軌道を見て、幼い弓手は驚いたように足を止めた。代わりに、あの弓使いが幼い弓使いを庇うように前に出た。ふてぶてしいその眼差しは、顔を隠した状態でも容易に判別できる。
「…またお前か、双剣使い。谷底に落ちたと思ったが、どうやら無事だったようだな」
「なんだよ、お前はあれくらいを落ちただけで怪我するのか?こっちは星になって落ちたこともあるんでな。あの程度落ちたうちに入らねえよ」
弓を撃ち落したせいか、矢鱈と俺に執着する弓使い。そいつが矢を構えて俺の前に立ちはだかった。だが、彼の注目は俺ではなくて後ろに居るセニャーシャと呼ばれたエルフの女性に向いている。流石に俺に執着する状況ではないと判断したようだ。
「…悪いが相手をしているほど暇じゃない。セニャーシャを返してもらうぞ…!」
「そうはいくかよ。先に俺の借りを返させてもらうぜ。延滞料金が溜まってんだ、
その言葉と共に俺は駆け出し、同時にエルフの弓使いは矢を放った。拮抗する風が棚畑の土を舞い上げ、俺自身も舞い上がった。
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