第484話 お人咥えたドラ蟻

◇お人咥えたドラ蟻◇


「近場の騎士は陣形を組め!後続は農民の避難をさせろ!」


 俺らの後方からアンデス隊長の叫び声に似た指示が飛ぶ。その声に従うように周囲の検分をしていた騎士が棚畑の下方へと集まってゆく。本来ならば高所である禁足地の近く、棚畑の上方にて待ち構えたほうが良いのだろうが、作業をする小作人を守るためには前に打って出る必要がある。


 俺らは陣形を組む騎士達を後ろから見守るようにしながら、逃げる農民達の殿となるように立ちふさがる。棚畑の下から敵が迫ってきているため、逃げるには棚畑の傾斜を登る必要がある。歳を召した者も多いため、逃げる速度は俺らを焦らすように遅い。


 まず初めに森から飛び出してきたのは、森の異変を笛で知らせてくれた騎士達だ。彼らは警備のために森へと立ち入っていたのだろう。森から飛び出してきた騎士達は、陣形を組む騎士の下に辿り着くと、体を反転して自らも陣形に加わった。


「敵はかなりの巨体です!真っ直ぐとこちらに進攻して来ます!」


「この畑に突入してくれば、向こうも傾斜で足を鈍らせるはずだ!このまま迎え撃つぞ!」


 揺れる木々の梢は、迫り来る脅威を教えてくれる。そしてその予兆は木々を軋ませ圧し折る音へと変わり、ついには先ほどの森から抜け出てきた騎士のように、勢い良く森の中からその姿を現した。


 蟻と獅子の特徴を持つ蟻獅子ミルメコレオ。その個体は以前に見た固体よりは一回りも大きく、身に纏う甲殻もどこか刺々しい。体は鈍色に近く、黒色の通常個体と違ってより金属めいた質感を持っている。そして湾曲した頭角は般若のようで、どこか憤怒の表情を浮かべているようにも見えるが、蟻のように小さな黒い瞳は感情というものを宿しておらず、そのギャップがかえって不気味に思えてしまう。


 獅子と蟻の特徴が混じった顎は、まるでエイリアンやプレデターのようで、既存の生命から逸脱した異形ともいえる様相だ。そしてその顎には血塗れの人間が咥えられている。その者はまだ意識があるようだが、麻痺毒に蝕まれているのか呻くように声を上げるだけで、大した抵抗ができないでいる。


「ひぃいい!蟻だぁああ!」


「爺さん!振り返っていないで早く逃げてくれ!」


「無茶言わんでくれ!腰が破裂しちまうよぉ!」


 木々を倒す轟音と共に登場したからか、退避していた農民が足を止めてそちらを振り返る。そして登場した蟻獅子ミルメコレオが人を咥えていたからであろうか、より死を身近に感じて戦慄するように悲鳴を上げた。


 遅刻遅刻と言いながらパンに牙を突き立てる女子学生の如く、蟻獅子ミルメコレオは人を咥えて待ち構える騎士へと突っ込んでゆく。残念ながら正面衝突であるため、恋が始まることもないし、人格が入れ替わることも無い。


 だが、胸を高鳴らせる効果はあったようだ。騎士達はまさかその口に人間が咥えられるとは思っていなかったようで、驚愕したように目を見開いた。このまま力尽くで足止めしようなら、蟻獅子ミルメコレオの鋭い顎と騎士にその人間が挟まれることとなる。そうなってしまえば恋の始まりが人体切断ショーになってしまう。もちろんタネも仕掛けも無いので普通に切断される。


「正面で押さえるなよぉ!足を落として動きを止めろ!このタイプなら片側二本で直進できなくなる!」


 近衛と違い騎士は魔物を相手にすることも多い。だからこそ、人を咥えていたことに怯みはしたものの、即座に対応するように蟻獅子ミルメコレオを取り囲むように展開し始めた。そして、蟻獅子ミルメコレオが棚畑を登るために速度を落とした瞬間、足の節に捻りこむように剣をつきたて、更には組み付くようにして動きを封じようとしている。


「凄いですね…!土魔法でプレートメイルを強化して…強引に組み付いている人もいますよ…!それに…全員身体強化が使えています…!」


「ネルカトル領なら身体強化ができないと従騎士にすら成れないよ?王都のほうでも同じじゃないかな」


 身体強化は活性を司る光属性の魔法ではあるが、たとえ適正がなくとも生命体であるならば僅かながらに光属性の魔法を宿している。それ故に光魔法が使えなくても、訓練しだいでは身体強化程度であれば発現することができるのだ。


 巨大な体躯を持つ蟻獅子ミルメコレオに複数の騎士が動きを止めるべく群がっている。まるでどちらが蟻なのか解らない光景だが、その甲斐あって蟻獅子ミルメコレオは前進を止め、その場で足踏みするように蠢いている。それでも蟻獅子ミルメコレオの強靭な足は、まるで重機のように棚畑の畦道を削り崩してゆく。


「へへっこりゃいいな。このままいきゃ、畑を破壊しくさって場所が変更になるんじゃないか?」


「ふざけた事言ってないでさっさと仕留めるぞ!救助者はまだ生きている!」


 騎士達もこの畑に纏わる禁足地の問題を知っていたようで、中には軽口を叩きながら戦っている者もいる。それを部隊長らしき人が叱咤しながら蟻獅子ミルメコレオに剣を振るう。


「ああ…!手伝います…!私ならすぐ回復もできますので…!」


 蟻獅子ミルメコレオの顎で項垂れる救助者の姿を見て、俺らの間からタルテが飛び出してゆく。いきなり飛び込んできたタルテに騎士達は逡巡する気配を見せたが、止める間もなくタルテが蟻獅子ミルメコレオの強靭な顎を掴み取ったものだから、様子見するように眺めている。


「はいっ…!ちょっとお口開けましょうね…!」


 ギチギチと軋む音を立てながら、タルテは蟻獅子ミルメコレオの顎の左右についた強靭な牙を開いてゆく。そして、戦闘中であっても耳に届くほどの破砕音を響かせると、救助者は解放されてタルテの足元へと落下した。


「タルテちゃん!そのまま口を固定して!…頭を上げないでねッ…!」


 タルテはそのまま救助者を回収しようとしたのだが、ナナが少しばかり待ってくれと彼女に声を掛けた。タルテの上に覆いかぶさるようにして、ナナがタルテの掲げる蟻獅子ミルメコレオの口に向かって、突きを放つ。


 あーんをしたら次は料理が口に詰め込まれるべきなのだ。炎を纏ったナナの波刃剣フランベルジュがタルテによって拡張された口の中へ吸い込まれてゆく。頑丈な甲殻の中で水蒸気が細かく爆ぜるような音を立てながら、内部から焼かれた蟻獅子ミルメコレオが畑の上に崩れ落ちた。


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