第482話 地元じゃ有名人

◇地元じゃ有名人◇


「エルフぅ?…エルフってあれけ?あの物語に良く出てくる…めっちゃ長生きする奴らのことけ?」


 ガナは俺の言葉に不思議そうな顔をして答えた。別に何かを隠そうとする様子は無く、純粋に俺が何故エルフという存在を口に出したのか解っていないようであった。逆にメルルはエルフを口にしたことで、俺が弓使いと祭祀の一族を繋げて考えていることに気が付いたらしい。


「そりゃ、祭祀様の人種なんて聞いたこたねえけどよぉ、エルフってことは無ぇかと思うぞ。確かエルフは耳がこう…尖がってるんでな?」


 ガナは少し考えた後、そう口に出した。弓の扱いに長けるという点と豊穣祈願をするという二つの特徴がエルフに当てはまったため、つい繋げて考えてしまったが、少し先走った考えであっただろうか…。


「…いや、悪い。祈年キネンをするって聞いてもしやと思ったんだ。普通の人間に豊穣祈願は難しいだろ」


「エルフは植物と相性の良い一族なのですよ。所謂、緑の手を持つ者達というわけですわ」


「はぁ…。んなこと気にしちったこと無かったな。そりゃ、えれぇ人達けれんどよぉ…」


 彼らからすれば祭祀の一族が祈年キネンを施すことが当たり前で、そこには何故だとかどうしてといった疑問が挟まる余地はない。


「ま、エルフじゃぁねが、ジャガイモの精霊かも知れねえで。祭祀様のご当主はそっくりだもんでね」


「…エルフは見目麗しい者ばかりですので…それならばエルフではないでしょう…」


 祭祀様と称えているくせに、あまりガナには祭祀の一族を敬うつもりは無いらしい。それとも、彼にとってはジャガイモは賛美する言葉なのだろうか。だがしかし、エルフで無ければ祭祀の一族は何者なのだろう。ガナの反応からして平地人のようだが…、もしかしたら代々木属性の魔法を受け継いでいる一族なのだろうか。


 俺はそのままガナに祭祀の一族について聞き出そうとする。…しかし、噂をすれば影というべきが、それとも禁足地の入り口の前で話し込んでいたからか、足早にこちらにやってくる者を俺の風が感じ取った。


「うぬらそこで何しとる!入るつもりじゃねぇだろな!?」


 俺らの方へと早足でやってくるのはジャガイモの精霊…ではなくガナが話していた祭祀の当主だろうか。少なくとも祭祀の一族の一員であることは間違いないだろう。茶色い毛織物のローブ状のトゥニカを羽織り、幾つものチャームを身に纏った姿は一般人と言うには随分と奇抜なファッションセンスだ。


 そして彼の後ろにはアンデス隊長、そしてヘルドラード子爵の姿もある。彼らもこっちに向かってきているが、俺に用があるというよりは、こちらに向かう当主らしき男を追いかけて仕方無しに向かってきているようだ。


 …アンデス隊長とヘルドラード子爵はヴィリデザルトの街に居る筈なのだが、どうやら彼らもこの畑にやってきたようだ。


「ここが何処だかわかっとるか!ミドリ様のおわす神域のお膝元だぞ!」


 男は飾りの付いた木の杖を振るい、唾を飛ばしながら俺らを脅すようにそう喚いた。その姿を見てガナは怯えるように後退し、青くなった顔を俯かせた。


「そこの者は記録の為にやって来た学生だ!不要な言いがかりはやめて貰おう!」


 意外にもアンデス隊長が俺らを庇うように声を掛けてくる。その声を聞いて俺らに詰め寄る足は止まったが、それでも神経質そうな目は俺らを睨みつけている。


「…第一!なぜこの畑に余所者がいるのだ!私は立ち入りを許可した覚えは無いぞ!」


「タルタリカさん。儀式のために準備するのは当たり前じゃないですか…。それに、禁足地に立ち入るのは待ってもらってますよ」


 タルタリカと呼ばれた男に、ヘルドラード子爵は随分と下手に申し出る。だが、決して彼の味方というわけでなく、どうにも呆れるような声色が見て取れる。ヘルドラード子爵はアンデス隊長に禁足地の立ち入りを止めるように言ってはいたが、それはこの煩い男を説得するのが面倒だったのだろう。哀れな中間管理職のような哀愁を感じ取ってしまう。


 どうやら、タルタリカは騎士達がこの畑に来ていることを知って姿を現したようだ。もしかしたら禁足地に踏み入られるとでも思ったのだろうか。そして、アンデス隊長とヘルドラード子爵はタルタリカが出張ってきたことを聞いて駆けつけてきたのか。…大方、面倒くさくなったアンデス隊長が直接交渉をするいい機会だと思ったのだろう。


「待ってもらってるとはなんだ!まさか立ち入るつもりではないだろうな!」


「見て解らんのか。第三王子殿下が出向くのだぞ?周囲の安全を確認しないわけにはいかないだろ」


 アンデス隊長はさも当たり前のように言い放つが、その言葉を聞いてタルタリカは驚愕したように目を見開いた。


「ミドリ様のおわす神山だぞ!危険なわけ無いだろうに!」


「無礼だぞ貴様!…こちらの要望が飲めないのなら別の畑を使うまでだ。こちらはこの畑に拘る必要はない」


「…ふん。他の者が畑を貸すわけないだろう。この地では我が一族に楯突く者などおりゃせんからのぉ…」


 アンデス隊長は立ち入ることを許可しないのならば場所を変えると脅すが、それでもタルタリカは引く様子を見せない。むしろ、得意気な顔で自分が優位であると言い放った。その言葉を聞いてアンデス隊長は眉を顰めながらヘルドラード子爵に視線で尋ねかける。


 ヘルドラード子爵はアンデス隊長にゆっくりと頷いてみせる。要するにタルタリカの言っていることは正しいと示しているのだろう。


「…ハルト様。あそこまで別の畑を使うことを嫌がるということは…もしかしたら彼らには畑を豊かにする力は無いのかもしれません。…あったとしてもほんの僅か…」


「…ガナ達は騙されているってことか…?」


 剣呑な雰囲気で言い合う者達を尻目に、メルルがひっそりと俺に語りかけてくる。


「ええ。ガナさんの話を聞いたときは、自分達の価値を落とす豊穣の角鍬コルヌコピアを他の畑に使われないようにしたのかと思いましたが…、もしかしたら比べられるのを恐れているのかもしれません」


 祭祀の一族は祈年キネンを施すことでその対価を得ている。そのため商売敵である豊穣の角鍬コルヌコピアを自分達の所有する畑に使わせることで、自分達以外が恩恵に与れないようにしたのかと考えていたが…。


 メルルが指摘したのは逆の思惑。確かに自分達が祈年キネンを施していない畑が、祈年キネンを施した畑以上に豊作ともなれば一気に身の破滅を招くだろう。それならば、自分達が祈年キネンを施した畑で豊穣の角鍬コルヌコピアを使われたほうがまだマシだ。


 はたして奴の腹の内はどうなのだろうか…。それを探るように俺らは言い争う二人を見詰めていた。


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