第481話 その地で生きる者

◇その地で生きる者◇


「…明らかに人が通った跡がありますわね」


 俺とメルルは畑で作業をするタルテとナナから離れ、見つけた山道の前に立った。山道は大人が四、五人ほどは並んで進めるほどの幅があり、踏み固められているためか背の低い草しか生えていない。


 そして、奥の暗がりにはヴィリデザルトの街角でも見かけたチャームが樹から吊り下げられている。複数の木の棒を紐で結び、人間の掌の骨を再現したような不気味なチャームは、風に揺られてカラカラと音を鳴らしていた。


 明らかな人工物が並んでいるため、誰が見ても人が踏み入っていると見て取れる。…禁足地に指定されているのはもっと奥地であり、手前のこのあたりは別なのだろうか。


「おおぅい。アンちゃん。そこさ入っちゃダメだね。帰れたとしてもジジババ共に散々どやされるぞ」


 俺らが山道を眺めていると、近くで畑仕事をしていた青年から声が掛かる。大体俺らより幾分か年上の青年だ。彼は農具を肩に担ぎ、着物についた土汚れを手で叩き落としながら、こちらに近付いてくる。


 にこやかな彼の笑みは禁足地に近付いた俺を咎めるというより、知らぬのだろうから親切心で声を掛けてきているように見える。俺は例の反対している勢力かと思って警戒してしまうが、彼の笑みに毒気を抜かれてしまう。


「…ここは禁足地なんだろ?…人が入った跡があるが、山菜取りなら許されるのか?」


「うんにゃ、その道は祭祀様が入るとこだね。あの人達は特別だから、お祭りのときとかに入るらしいんだよね」


 彼は俺の横に並んで山の奥へと続く暗い闇を蓄えた山道を覗き込む。神域だからこそ、祭事のために一部の人間は踏み入っているのか…。もしかしたらこの先には神を祭る神殿や祭壇があるのかもしれない。


「…その、迷惑だったか?アンちゃんみたいな若い奴も居ると思ってなくて、つい話しかけちまったんだが…。ほら、騎士様相手だと話しかけづらいだろ?」


 俺が山道を見詰めて黙ってしまったからか、青年は俺の機嫌を気にするように話し掛けてきた。


「ああ、いや…迷惑って事は無いが…。そっちから話しかけてくるとは思わなかった。妙に冷たい態度しか取られてなかったからな…」


「ああそりゃ、上の世代だろ?あいつらは外から来た奴が嫌いだからなぁ。特に最近は外の商品が入ってきたせいで、地元のもんが売れないって騒いでやがらぁ」


 快活にそう語る青年は、自分はそんな奴とは別だと言いたげに肩を竦めてみせた。…まぁ全ての住人が排他的というのもおかしな話か。中にはこの青年のように好意的な人間がいてもおかしくないだろう。


 そして、青年は俺の後ろに佇んでいたメルルに目を向ける。不躾な視線というわけではないが、興味心身に見詰めるため、メルルは居心地が悪そうに身じろいだ。


「やっぱ、外の女の子はどこか垢抜けてんな。畑で動く姿も違って見えらぁ。あぁ、すんません。別に変な意味で言ったんじゃなか。単なる感想だね」


「…いえいえ。お褒め頂きありがとうございます。ええと…」


「ガナ。ガナって呼んでくれな。村じゃそう呼ばれちょる」


 そう言ってガナは握手をしようと右手を差し出したが、その手が土で汚れていることに気が付くと誤魔化すように手を後頭部に持っていき、恥ずかしそうにそこを掻いた。しかし、メルルはその程度は気にしないため、彼女は手を差し出して彼に微笑みかけた。


 ガナはメルルの行動に軽く驚いたあと、自分の手を服でよく拭ってからおずおずとメルルと握手を交わした。そして、メルルだけと握手するのも居心地が悪かったのか、俺のほうにも手を差し出してきた。


「…ガナはここの畑に居るって事は祭祀の一族ってことなのか?」


「は?いやいや祭祀様の一族な分けないだろ。俺らはあの人達の畑を貸してもらってるだけさ。ここら一帯はみぃんな祭祀様のもんだからなぁ」


 俺の言葉にガナは恐縮するように手を振って否定した。要するにガナは小作人の一人ということか。彼らは祭祀の一族の耕地を借り、小作料を払ってその土地を使用しているのだ。


「あら、ガナさんは新しく開拓したりはしないのですか?…お若いですし未開拓の土地も沢山ある…。ヘルドラード子爵が助成金を出してくれるのでしょう?」


「助成金…?ああ、そう言えば貴族様がそんなことも言ってたっけなぁ」


 メルルの言葉にガナは何かを思い出すように視線を上へと向けた。俺もそんな助成金があることは知らなかったため、それをメルルが知っていることに軽く驚いた。


「…豪農から力を削ぐ常套手段ですわ。小作人が居なくなって土地を持て余しても、税は畑の面積当たりで発生しますから、結局は土地を手放すことになるのです…」


 メルルはガナに聞こえぬよう、こっそりと俺に耳打ちをする。助成金を出すことでヘルドラード子爵は一時的に損をすることになるが、代わりに祭祀の一族の権力を低下させ、長期的に見れば新規開拓による生産量の増加も見込める。俺は感心するように頷いた。


「だがよぉ。祭祀様は自分の畑じゃないと祈年キネンをしてくれないぞ?開拓したところで祈年キネンができなきゃしょうがないだろ」


「は?たかだか祈年キネンくらい…」


 さも当然といった具合にガナはそう言い切った。祈年キネンは五穀豊穣を祈るお祭だ。確かにこの世界ではそういった儀式が力を持つ。だが、大半は気持ち程度の効果しかなく、必須と言えるほど効果が出るものではない。


 …それこそその祭祀の一族がタルテのような特殊な一族でなければ説明が付かない。


「なぁ、もしかしてその祭祀の一族は…エルフだったりするのか?」


「…!?ハルト様…それは…」


 俺は真面目な声色でガナに訪ねかける。森で生きる神秘の一族は、豊穣の一族ほどではないが植物への親和性が高い。…そして彼らは巧みに風を操り、弓の扱いに長けた存在でもあるのだ。


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