第479話 荒れる上層部と進む馬車

◇荒れる上層部と進む馬車◇


「ふざけるなっ…!通るかっ……!そんなもん…!!」


 領主館の広大な庭。そこは庭師によって手入れのなされた風雅な庭園もあれば、練兵場を兼ねた質素な平地も存在する。そしてその練兵場はいまや馬車が乗り入れ複数の天幕が建ち並んでいる。彫金ギルドから乗ってきた馬車も他の馬車の近くに乗り入れる。そしてアデレードさん達と別れ、領主館に向かって進んでいるとアンデス隊長の荒げた声が耳に届いた。


 彼は合流したときから苛立っていたようだが、俺らが彫金ギルドに行っている間に機嫌は直らなかったらしい。何事かと俺らの視線は反射的に彼の方へと向くが、そこには連れ立って歩くアンデス隊長とヘルドラード子爵の姿があった。言い争うというよりは、ヘルドラード子爵が下手に願い出ているようだが、それでもその意見にアンデス隊長が憤慨しているようだ。


「ですが…、そこに踏み入れるとなると民からの強い反発があります…。それこそ、豊穣祈願を中止させるために詰め掛けてくるかもしれません」


「十分な安全を確保するためにはここの警備は必要だ!何が禁足地だっ…!馬鹿らしい…!」


 彼らが話し合っているのは豊穣祈願の儀式のための警備の打ち合わせだろうか。…襲撃による第三王子の滑落に、大多数の者に秘されているとはいえレプリカの豊穣の角鍬コルヌコピアが盗難されるという問題が発生したが、第三王子の容態も問題は無く、結局は豊穣祈願の行脚は遂行されることとなった。


 同時に、襲撃者の捜査も平行して行われている。最後に襲撃があったのはバグサファ地方であるため、ヘルドラード子爵もその襲撃者の捜査に駆り出されることとなるだろう。流れによっては彼の責任問題にも発展するため、気が気ではないだろう。


「ヘルドラード殿は殿下が参加するのに警備上の不安を残して挑めと言っておるのか…!?」


「私だってそこには入れないのです…。それこそ…この地が統治される前から信仰されている場所ですので…、下手に刺激すれば何が起こるか…」


 彼らは言葉を交わしながら足を進め、会議室となっている天幕の中へと入ってゆく。流石に会議の内容を盗み聞くつもりはないため、俺らもそのまま修練場を後にしようと領主館の方に向かう。


「…なんか揉めてるみたいだね。大丈夫かな…、このまま無事にいけばいいんだけれども…」


「大方、これ以上失点を重ねないよう躍起になっているのでしょう。ジェリスタ王子を危険に晒し、襲撃者も逃したままでは、たとえ無事に儀式を遂行して王都に帰ったとしても手柄とは言えませんので…」


 アンデス隊長とヘルドラード子爵の言葉を振り返って、ナナが憂いを帯びた表情をする。メルルはどちらかといえば現状に呆れている様だが、それでも今後の成り行きに不安を感じているようだ。


 だが、まだ警備内容に揉めているということは暫くは暇になるだろう。成り行きで領主館に向かってはいるが、別にそこに用事があるわけでもない。かと言ってヴィリデザルトは出歩いて楽しい街ではないし…、たまには身を休めるか…。そう思っていたところ、今度は俺らに向かって駆け寄ってくる足音が聞こえた。


「あぁっ…!?見つけましたぁ!皆さん…どこ行っていたのですかぁ…!」


「あれ…?ペクトゥナさんが呼んでますよ…?なにかご用でしょうかね…」


 俺らに駆け寄ってきたのペクトゥナさんだ。彼女は俺らの所に辿り着くと息を整えてから再び口を開いた。


「…あのですねぇ…、…騎士の方々が今から現地の視察に向かうようで…、土壌の検査をついでに済ませておけと…」


「ぇえっ…!もう向かうんですか…!?…随分急ぎ足ですね…!?」


「ええ。ですから皆さんも同行しませんかとぉ…。いきなりですが大丈夫ですかぁ?」


 どうやら警備については揉めているようだが、その他の作業はどんどん進めるようだ。確かに襲撃によるトラブルで日程は少しばかり押している。いきなり現地に向かうと言われて面食らってしまったが、特に断る理由も無い。それに、先んじてペクトゥナさんが土壌の調査をするならば、タルテが豊穣の力を施すタイミングもあるはずだ。


 俺らはペクトゥナさんに了承の意を示すと、直ぐに準備に取り掛かる。準備と言っても簡易土壌分析図を取ってくるだけなので、さほど待たせることなくペクトゥナさんの待つ馬車へと戻ってきた。騎士達も視察の準備があったようで、どうやら俺らが最後と言う訳ではなかったようだ。


「ふうぅ…。私ももう少し身を休めると思ったのですが…大変ですね。あぁっ…!皆さんのほうが大変だったんですよねぇ!?聞きましたよぉジェリスタ王子と遭難してたって」


 馬車に揺られながら、ペクトゥナさんが俺らの身を案じたように語り掛けてくる。彼女がヴィリデザルトに到着したときに無事な姿は見せているが、こうして話す時間は取れなかったため心配を掛けてしまったのだろう。


「どちらかと言うとその後の騎乗での旅路のほうが大変でしたね。騎馬に慣れているのはナナだけですので…」


 俺は自嘲気味に彼女にそう答えた。慣れない人間が馬車に乗ると尻が大変なことになるのは誰もが知るところなので、それを聞いた彼女は深刻そうな表情で俺の臀部を見詰めている。実際には俺の強靭な肉体は乗馬程度で擦り切れたりはしないが、肉体的な疲労を感じないわけではない。


「でもまさか襲撃があるとは思いませんでしたよぉ。先輩なんか怖がって馬車にずっと引き篭もってたんですよぉ」


「あら、王都出身の方でしょうか?王都の住人で外に出ない人はとんと外に向かいませんからね」


「ええ、そうなんですよ。地方の私からすれば街道で盗賊が出るのはぁ…、当たり前みたいな所がありますので」


 騎士団に囲まれた今回の旅路で襲撃があるとは思っていなかっただけで、どうやらペクトゥナさんは襲撃の恐怖には慣れているようだ。二度の襲撃があったというのに然程気にする様子は無い。


 どこか楽天的にも思えるが、俺らは戦える人間であるため襲撃者の正体だとか目的だとかに気が向いてしまっているだけで、彼女からすればそこは騎士に任せるところで自分の関与する範疇ではないという認識なのだろう。


 俺らが話をしながらも馬車は順調に道を進み、暫くした後に目的の土地へと辿り着いた。


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