第478話 出来の良い偽物

◇出来の良い偽物◇


「皆様…。申し訳ありません…。まさかまんまと盗まれることになるとは…」


 翌日、本隊の馬車が到着すると俺は早々に貸し作業場にてお客さんを出迎えることとなった。一人はアデレードさんで、彼女には既に昨夜にも訪ねて来ており、俺らが作った豊穣の角鍬コルヌコピアのレプリカを確認している。そのアデレードさんに案内されるようにここに現れた二人目のお客さんは宝物庫番である初老の男性だ。


 彼は作業場に足を踏み入れ俺らと対面すると、まず最初に豊穣の角鍬コルヌコピアが盗まれたことを俺らに詫びた。もともと今回の豊穣祈願の行脚は豊穣の角鍬コルヌコピアが狙われる可能性が高く、それを阻止するためにレプリカを用意しタルテの協力を仰いだ訳なのだが、だからといって盗まれて良い訳ではない。


 俺としては盗人に馬鹿めソイツは偽物だ!と意気揚々に語りたい気持ちだが、彼は自身の失点を深く恥じ入っているようだ。…もともとそれを見越して偽物を用意したのだから、上手く策が嵌ったとほくそ笑んでいるものだと思っていた。


 因みに王家の代表に第三王子が選出されたことも、たとえ失っても一番傷が少ないからと噂されているが、流石に崩落に巻き込まれて一時的に生死不明となった事は大問題らしく、折角五体満足で第三王子が帰還したのに近衛も騎士団も未だに空気がひりついている。


「…それでは失礼して、早速拝見させて頂きますね」


「ええどうぞ。おかしな箇所がありましたら直ぐに補修します」


「豊穣の力は既に込めてますので…!魔力を通せば光りますよ…!」


 宝物庫番の男は布に包まれた豊穣の角鍬コルヌコピアに手を伸ばすと、中から二代目レプリカを取り出して吟味し始める。片眼鏡拡大鏡を片手で押さえながらじっくりと鑑定され、いくら一日仕事の専門外の品とはいえ緊張してしまう。


「ふむふむ。中々良く仕上がっていますね。…よくもまぁ一日でこれを仕上げましたな。細部は異なっている点も多いですが、遠目に見ても気付かれることはないでしょう」


 そもそもが余り人目に触れることの無い国宝だ。細部が違っていたところでそれを判断できる者は少ない。どうやら、これであれば問題ないと判断してもらえたようだ。


「少し質感が異なってしまったのが気掛かりだったのですが…」


「ああ、それは私達が使用する特別仕様の手入れ油のせいでしょうな。一般に流通している品とは違っておりますので、他の代物とは艶や違いますよ。艶が」


 そう言いながら彼は傍らに置いた革張りのツールバックから布とビンに入った手入れ油を取り出す。そして布に油を染み込ませて二代目レプリカを磨いてゆく。すると俺が気になっていた質感が以前に見たような高級感溢れるようなものへと変化してゆく。


「こうやって変わってゆく所を見ますと…、ハルト様がいやに拘っていたのも納得がいきますわね」


「ね。塗る前でも十分だと思うけど、良くなっていくのが私でも分かるよ」


「ほほ。審美眼を鍛えるのは出来上がる工程を見るのも大変勉強になりますぞ」


 全体を手入れし終わると、彼は満足したように頷いた。仕上がったそれは、俺としても満足のできるものだ。彼は二代目レプリカを丁重に布で包むと、再び俺らに頭を下げた。


「アデレード様。念のため護衛をお願いできますかな。これまで盗まれるわけにはいきませんので…」


「ええ。このまま馬車に乗せて領主館まで運びましょう。…皆様もご一緒しますか?」


 四人も追加で乗れば馬車は大分手狭なものになるが、アデレードさんは労うつもりもあるのか俺らにも声を掛けてくれる。宝物庫番のおじさんも迎えようとしてくれている。


「…そうですね。直ぐに作業場の引き上げの手続きをしてきます」


「ハルト、待たせちゃうから先に向かってもらえば?大した距離でもないんだし…」


「いやな、ちょっと…嫌な予感がして…」


 悪いと思ったのかナナが先に向かってもらうことを提案してくるが、俺は出来れば近場に居て欲しいのだ。…それは別にすぐさま襲撃があると考えているわけではない。単に俺のためにアデレードさんと宝物庫番のおじさんの虎の威を借りたいのだ。


 俺は小走りで直ぐ近くにある彫金ギルドへと向かう。…この街の彫金ギルドは大した規模ではなく、非常にこじんまりとしたものだ。狭い室内にカウンターがあり、そこに暇そうなおばさんが腰掛けていた。


「八番の作業場。引き上げの確認お願いします」


「…ああ、はいはい。引き上げね」


 受付のおばさんは受付に立て札を置き後ろの棚から鍵を取り出す。そして溜息と共に気だるげに俺らの使っていた作業場に同行してくれる。作業場の前では皆が待ってくれており、その人数の多さに受付のおばさんは不審そうに目を窄めた。


「…あんた、何をやってたんだい?変なことには使ってないでしょうね?」


「作った作品を受け渡しただけですよ。今日はこのまま同行させてもらう予定なんです。…ですから申し訳ありませんが手早くお願いしますね」


 おばさんは舌打ちをしながら貸し作業場へと足を踏み入れる。中は清掃を済ましているため、貸し出されていた時以上に綺麗なものだ。彼女は備え付けの備品を一つ一つ確認していった。


「…あんた、このタガネ…」


「俺がやったのは木工ですよ?第一、全部自前の工具を使ったので備品は使っていません」


 貸し与えられた作業場は非常に質が悪い。特に備品の類は手入れも行き届いていなく、中には捨てるような段階に至ってるものもあったのだ。場所が必要なだけだったので特に文句を言うことなく使っていたのだが、問題は返却する際に痛めた備品は追加で金を払う必要があることだ。


「…どうかいたしましたか?何か問題があったのでしょうか?」


「あ、あんたは何なんだい?…どうして騎士様がこんな所にいるのさ」


「私が彼に依頼したのですよ。彼は知らない仲ではありませんので…。それで、何か問題がありましたか?」


 気を利かせてくれたのか、アデレードさんが俺の後ろについて受付のおばさんに尋ねかける。受付のおばさんはアデレードさんの姿を身ながら、渋るような声で何でもございませんと答えた。


 …昨日の対応の悪さから引き上げるときに難癖を付けられることは予想していた。だからこそ二人に待ってもらっていたのだ。アデレードさんは近衛の鎧を身につけており、宝物庫番のおじさんも儀礼官のような厳粛とした格好だ。たとえ知識が無くても位の高い人間だろうと一目で分かるのだ。


 結局、おばさんはグチグチと口の中で何かを呟いていたが、追徴金を請求することなく彫金ギルドへと帰っていった。その背中を見詰めながら俺は溜息を静かに漏らした。


「ありがとうございます。助かりました…」


「随分と態度の悪い者ですね。…妹から余所者に冷たい街だと聞いていましたが…、聞きに勝るとはこのことです」


 礼を述べる俺にアデレードさんが同情するように言葉を投げかけてくれた。どうやらアデレードさん達近衛の人間も、この街の排他的な空気を感じていたようで苦々しそうな顔をしている。逆にまだ街の人間と触れ合っていないだろう宝物庫番のおじさんは珍しい者を見たように驚いている。


 今もジロジロとした街の人間の視線が向けられている。俺らはそんな街から脱出するかのように、馬車に乗り込み領主館へと馬を走らせた。


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