第477話 手にノミを握っている時だけは気分がいいのだよ

◇手にノミを握っている時だけは気分がいいのだよ◇


「おめぇさん…。どこの人間だ?この街の人間じゃないだろう?余所者がなんでこんな丸太材なんか買うんだよ」


 アデレードさんに見栄を切って豊穣の角鍬コルヌコピアのレプリカ作成を請け負ったのだが、いきなり不穏な空気が立ち込める。材料を探しに材木屋を訪れたのだが、そこに居た厳つい男は警戒してるのか随分な塩対応で俺を出迎えたのだ。


 もともと一般人向けの店ではなく、しかも特定の者ばかりを相手取る業種ではあるのだが、それにしても売り渋るように俺への対応が冷たい。滅多に無い行きずりの客なのだろうが、ちゃんと対応してもらいたいものだ。


「ハルトさん…。こっちの木なら大丈夫です…。密度もいい感じなので丈夫にできますよ…!」


「それじゃ、こっちの木材を売ってもらえるか。運搬は俺らでやるから問題ないぞ」


「おい…!だから何に使うのか聞いてるんだよ。まだこっちは売るとは言ってねぇぞ」


「何って…別に何でもいいだろ。…俺は旅先で木像を作っては日銭に換えてるんだよ。本業だけじゃ苦しくてな」


 俺らがバグサファ地方に向かうといったとき、イブキは田舎の悪いところを煮詰めたような場所だと語っていた。この余所者に対する当たりの冷たさが彼女がそう評した理由なのだろうか。材木屋の店主は苛立った様子で俺に言葉を吐きかけるので、俺は適当な理由をでっち上げた。


 俺の言葉に取り敢えずは納得したのだろうが、それでも店主はこちらをジロジロと睨みつけている。彼はぶっきらぼうに相場より高い値段を俺に言いつけると、俺の目の前に手を差し出した。…できれば値切りたいところだが、下手に値切れば本当に売ってもらえなくなると思い、俺は素直に言いつけられた金額を支払った。


 俺が払った金を確認すると、店主は軽く鼻息を吐いて店の奥へと戻ってゆく。こちらは放置されたような状況になってしまったが、気分が悪いだけで問題は無い。俺は丸太を担ぐと店を後にした。


「…随分と横柄な店主でしたわね。職人気質というよりは…」


「なんか余所者が気に食わない感じだったよね。小さな村とかじゃ有りがちだけど…、こんな街じゃ珍しいね」


 店から離れたところでメルルとナナが店主の態度の悪さに文句を言う。しかし、その声はあまり大きなものではない。なぜなら、今こうして街の中を歩いている状態でも周囲の街の人間からジロジロとした視線が注がれているからだ。決して丸太を肩に担いで街を闊歩する人間が珍しいからではない。材木屋に向かうときから遠巻きから不躾に俺らを見る視線は存在したのだ。


 街の人間が向ける視線は近衛と共に初めてヴィリデザルトの街に踏み入れた時から感じていたが、その時は武装した騎馬隊である近衛が居るからだと思っていた。しかし、どうやら余所者というだけで視線を集めるようだ。俺やナナ、メルルは狩人の格好をしているため、そこで余所者だとばれているのだろう。


「こんな事を言うのは…良くないですけど…、あまり…居心地の良い街ではありませんね…」


「タルテちゃんは…なんか特に見られてない?修道服を着てるからかな」


 一際視線を注がれているタルテが居心地が悪そうに言葉を漏らした。ナナの言うとおり修道服を着ていることが原因なのだろうか…。タルテは新しい街に赴くたびにその地の光の女神の教会に挨拶をしにいくのだが、ヘルドラード子爵家の使用人に確認したところ、この街には教会は立っていないらしい。この規模の街で教会が無いのは初めてのことだろう。だからこそタルテの着ている修道服が珍しいのだ。


 道を歩いていると、家々の軒先にはお手製らしきチャームが吊り下げられているのを幾つも見つけることができる。それこそがバグサファ地方で信仰されている土着の神のチャームだ。僻地なだけあって、ブルフルスの街のようにその土地の信仰が色濃く残っているのだ。


「…さっさと買い物を終わらせて、豊穣の角鍬コルヌコピアを作っちまうか」


 俺はぼやく様にそう呟いたが、半ば予想していた通りその後の買出しも上手くはいかなかった。ニスの類を買いに行けばそこの店員の婆さんにどこの者だと誰何され、木工具も質の悪い物を押し付けられた。仕舞には彫金ギルドに作業場の貸し出しを願い出れば、長時間の貸し出しを渋られることとなった。基本的には地元の人間が優先で、余所者は肩身を狭くしていろとの事らしい。…もっともそんな直接的な言葉で言われたわけではないが…。


 貸し作業場に入った俺らは、溜息と共に腰を落ち着けた。面倒なやり取りをしたせいで、随分と疲労を感じてしまったのだ。


「…それで、どうする?こっからは俺一人で足りるから、皆は買い物に行くのか?」


「その予定だったけど…、ちょっと行く気が萎えちゃったかな…」


「そうですわね。…それに…傍目で見た感じ、どこの店も品揃えが悪そうでしたわ。もう直ぐ私達の荷物も到着するはずですので、我慢いたしましょうか」


「えへへ…。ここでハルトさんの作業を見てます…」


 そう言って彼女達は作業机を囲むように椅子を移動した。俺は買ったばかりの粗雑な木工具を調整すると、それを丸太材に突き立てた。木材を掘り込むノミはあまり使ったことは無いが、要領は金属を掘り込むタガネと共通しているため、そこまで苦労することは無い。


 しばらくは俺の木を削る音だけが響く静かな空間が作り出される。俺が木屑を風で纏めれば、それを彼女達が無言で処理してくれる。…ものづくりで有名なのはドワーフだが、ハーフリングだって負けては居ない。あいつらは人間重機みたいなところがあるから建築や体力が必要な鍛造などは勝てないが、そこを除けばとんとんだ。


「…どんな木の塊も内部に彫像を秘めている。それを発見するのが彫刻家の仕事です…」


「ハルト様…?変なアレンジはいりませんよ?内部に秘められた彫像ではなく、豊穣の角鍬コルヌコピアと寸分違わぬ姿にしてくださいまし…。ジェリスタ王子まで掘り出すつもりですか?」


「ジェリスタ王子の木像…。…アデレードさんなら貰ってくれるかな」


 俺がふざけて言葉を漏らせば、メルルが真面目なことを言いながら、細やかな木粉に水分を含ませる。…タルテに頼んでついでに第三王子の木像も光らしてもらうか。そして、再び俺の作業を見守るように静寂の時間が訪れた。会話がまったくない空間だが、なぜだか非常に心地が良い。


 研磨剤の着いた布で木目を磨き、わざと木材のを強調することで経年の長さを表現する。そして暗い発色のニスを塗って古臭く見せれば完成だ。それを見越してナナが乾燥を速めようと小さな火を灯す。そうして出来上がった豊穣の角鍬コルヌコピアをタルテに手渡した。


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