第476話 大事な物を盗んでいきました
◇大事な物を盗んでいきました◇
「これはこれは。遥々こんな辺境までようこそおいでくださいました。ジェリスタ・ディ・サヴィオア=ハスタード第三王子殿下にヘルドラード子爵家当主、アルカカ・バグサファ=ヘルドラードがご挨拶申し上げます」
領主館の前には、この地を統治しているヘルドラード子爵が待ち構えていた。彼は第三王子に臣下の礼を取ると、館に向かい入れるように手を翳した。その動作はどこかぎこちなかったが、何か後ろめたいことを隠しているというより、第三王子に失礼があってはならないという緊張から来るもののように感じた。
館を案内する彼は粗雑な館で申し訳ないと、しきりに第三王子に頭を下げる。確かに彼の言うとおり、領主館は調度品も少なく質素なものではあったが、辺境ゆえに建物の意匠が異なっていて目に新しい。
「…ヘルドラード子爵は若いのだな。ここに来るまでに会ってきた者達は大分歳を召していたが…」
「いやぁ、父が若くして亡くなりましたので。それでも、この地の人間は昔から変わらぬ生活をしていますので、統治するのはそこまで難しくありませんよ」
第三王子の言葉にヘルドラード子爵は後頭部を掻きながらそう答えた。第三王子の言うとおり、彼は三十歳程度であろうか。青二才というには歳を食っているが、貴族家の当主となれば若い部類だろう。
若さといい当主自らが第三王子の案内をする腰の低さといい、あまり貴族という印象の無い男だ。彼はそのまま第三王子を客室に案内し、続いて俺らにも客室をあてがってゆく。これまた質素な造りで修道院かと思いたくなるが、俺らからすれば十分なものだ。
俺は案内された客室にて腰を落ち着ける。と言っても荷解きする荷物は持っていない。俺らの荷物は残念ながら本隊と共に移動しているのだ。まだ本隊の人間を見ていないということは、未だに到着していないのだろう。
…女性陣は着替えを買うために街に繰り出すのだろうか?俺も身の回りの品を買い足しておきたいところだが、下着類も買うとなると連れ立って買いに行くのは気が引ける。
「ハルト、今大丈夫?アデレードさんが話があるそうなんだけれども…」
俺がどうするべきかと今後の行動について考えていると、部屋の中にノックの音が飛び込んでくる。そして扉越しにナナが声を掛けてきた。俺は直ぐに部屋の外に出ると、そこにはメルルとタルテの姿もあった。
「話ってなんか進展があったのか?子爵がなんか情報持ってたんかな…」
「さぁ?私もまだ詳しく聞いていないから。でも…なんか深刻そうな雰囲気だったよ」
「とにかく聞きに参りましょう。ここであれこれ推測しても仕方がありませんわ」
既にヴィリデザルトの街に至る旅路にてアデレードさんとは話を十分に交わしている。ここにきて改まって話をしたいということは、何か気になることがあったのだろうか…。ヘルドラード子爵にも怪しい気配は感じなかったのだが…。
俺らは連れ立ってアデレードさんが待っているという貴賓室に向かう。その部屋には他の近衛やヘルドラード子爵の姿は無く、アデレードさんだけが俺らが来るのを待っていた。彼女は俺らの姿を目に収めると、すぐさま向かいの席に座るように手で示した。
「お呼び立てして申し訳ありません。…再びご協力して頂きたい状況になりまして…」
「いえ、なにか問題が起きましたか?」
アデレードさんの手元には封書に入った手紙が握られていた。つまりはそこに何かしらの重要な情報が書かれていたのだろう。誰かがこの領主館に来るであろう彼女に向けて手紙を出していたのだ。
「これは別行動している本隊に残ったアンデス隊長からの手紙です。先ほど、本隊からの先触れが来まして明日にも到着するとの事なのですが…」
「丁度向こうも到着するのですか。私達が合流したことを向こうは知りませんので、ジェリスタ王子の捜索に関わることでしょうか?…いえ、それでしたら頭を悩ます問題には発展しませんね…」
「もしかして…誰か怪我人がでたのでしょうか…?」
正直言って生死不明の第三王子が無事に帰還できたため、それ以上の問題などそうそう起こるはずがないのだが、アデレードさんの表情はあまりに暗い。俺らの目線を受けてアデレードさんは静かに口を開いた。
「…多数の近衛が捜索のために抜けた隙を突かれ…、
「えっ…!?。盗まれちゃったんですか…?」
そう言ってアデレードさんは彼女に向けられた手紙を俺らに手渡した。…どうやら盗難に気が付いた宝物庫番の者が、その事実をアンデス隊長に伝えると同時にレプリカであることをアンデス隊長に打ち明けたらしい。宝物庫番の者は第三王子の捜索のために人員を割く必要のある状況で、レプリカの
手紙には自分に知らせることなく秘密裏に動いていたことを責める言葉に、それ故に盗難に繋がったと責任を転嫁する言葉、そして更には第三王子が崖から落ちたことも自分の指示を無視したために起きたことだと記述されている。遠回しではあるが第三王子が生きて帰らなければ、それはアデレードさんの責任だと宣言しているように読み取ることもできる。
「…呆れた内容ですわね。ジェリスタ王子を心配する言葉はどこにもありませんわ」
「恥ずかしい限りです…。…今回は失態を犯しましたが、有能な人間ではあるのです。その熱意が忠誠心ではなく野心から来ているのが問題なのですが…」
身内の恥を晒すことになり、アデレードさんは静かに溜息を吐いた。
「えっと、盗まれた
時間と人手を使って危険を冒す程の価値はアレには無い。そもそも例え探すとしてもそんなことを俺らに依頼はしないだろう。
「あれ…じゃぁあ…協力して欲しいことって…偽物の
「ええ…タルテさんにまた魔力を込めていただきたいのです。ですが、まずは再びレプリカを作る必要がありまして…。ヘルドラード子爵に木工技師の紹介をお願いしていますが、あんな複雑な形状を見本も無しに作るとなると…、一体どれほどの時間が必要になるのか…」
そう言いながらアデレードさんは悩ましげに眉間を指で摘む。どうやら彼女は再びレプリカを作り出すための手配に頭を悩ましていたらしい。
そしてアデレードさんはタルテに続いて俺に
「恥ずかしながら…私も記憶を頼りに描いてみたのですが…、どうしても上手く描けないのです…」
アデレードさんはアンデス隊長からの手紙を渡したとき以上に恥ずかしがって、簡単なスケッチ図を俺らに見せてきた。
「…私も絵心は人の事を言えないけれども…、その…凄く独創的ですね…。この右の黒いのは何ですか?」
「ああ、それはジェリスタ王子です。丁度、
「…なんでジェリスタ王子まで描いちゃったんですか?設計図代わりなんですよね?王子の木像までついてきちゃいますよ?」
矢鱈に無駄な線が多いと思ったら、ジェリスタ王子も描いていたのか…。もしかして、放射状に描かれた線は光っている様子を描写したのだろうか…。…それはそれで一つの才能だが…。
「…というか、木工技師に頼まなくていいですよ。アレぐらい俺が作ります。趣味は魔物のスケッチで、本業は狩人ですが、副業で彫金師もやってるんですよ」
金属と宝石類がメインであるが、木材だってまったく使わないわけじゃない。俺がそう言うとアデレードさんはまさか俺が作れると思っていなかったようで、キョトンとした表情で俺を見つめ返してきた。
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