第475話 長閑なヴィリデザルトの街

◇長閑なヴィリデザルトの街◇


「見えましたぞ。あそこがヴィリデザルトの街です。意外とあっけなく辿り着きましたな」


 俺の後ろに居る近衛のおっさんがそう声を掛けてきた。いつもより高い馬上から見渡す風景は、初めて訪れる場所ということも相まってどこか新鮮な気持ちになる。真後ろに密着するようにおっさんが跨っていることを覗けば非常に清々しいものだ。


 アデレードさんを初めとした近衛と合流した俺らは、早々に移動を再開した。病弱な第三王子の体調のために近場の人里で身を休めるという意見も出たが、その本人が元気いっぱいのため他の者達との集合地点へと急いだのだ。麻痺した者もタルテが処置することで瞬く間に回復している。


 と言っても、これまでのように馬車に乗って快適な旅とはいかない。俺らと同行しているのは近衛の部隊とその騎馬だけ。崩落した峠の道は馬がなんとか通れるほどの幅しか残っておらず、馬車を率いる本隊は迂回路を通って進んでいるのだ。それでも、こうやって近衛の騎兵隊が救出に赴いてくれて大分助かった。あの弓兵達は俺らの滑落と共に姿を消したため、即座に救援隊を組織できたそうだ。


 もちろん、騎乗する近衛に俺らが徒歩で着いて行くのは難しい。だからこそ、俺らは近衛の人間と相乗りにて馬に跨って移動しているのだ。アデレードさん以外の近衛の人間とは多少距離があったのだが、第三王子を守り通したことと蟻獅子ミルメコレオとの戦闘で活躍したからか、大分俺らとも距離が近付いた。心情的にも…物理的にも。特に俺と相乗りしているおっさんは体が大柄なせいもあって俺と完全に密着している。


「本隊はもう到着してますかね?こっちは随分早く合流できたと思いますけど…」


「どうでしょうな。距離的には迂回した本隊のほうが近いですから、問題なく進んでいれば向こうも到着している頃合かと…」


 なるべく背中の感触を意識しないようにしながら、俺は後ろに跨る近衛のおっさんに声を掛けた。迂回路を進んでいる本隊は、今俺らの眼前にあるヴィリデザルトの街にて合流する手筈となっている。


 本隊の人員がヴィリデザルトの街に到着したら、第三王子の捜索のために残りの人員を向かわすことになっているそうなので、そのような部隊と俺らが出会わなかったということは向こうもまだ到着していないか、あるいは着いたばかりなのだろう。


「さぁ、最後まで気を抜かずしっかりと掴まっていて下さい。乗馬は普段は使わぬ筋肉を使いますから、慣れぬと大変でしょう」


 目的地が見えたことで俺の気が緩まぬように近衛のおっさんが声を掛けてくる。俺が頻繁に体を捻るものだから、疲れてきていると思ったのだろう。残念ながら俺が体を捻るのはおっさんの密着から逃れるためだ。


 バグサファ地方は僻地という印象があったため、どうしても寂れた街を想像してしまっていたが、意外にもヴィリデザルトの街は長大な石造りの外壁を備えた立派な街だ。砦にあるような城壁ではなく、どちらかといえば大きな石塀程度の壁ではあるが、なによりその範囲が異常なのだ。よくある居住区画を囲っているのではなく、周囲にある農地ごと囲い込んでいるのため、門を超えても暫くは長閑な農村のような風景が続いている。


 それこそシャトーが集まったワインの名産地のように、広大な畑の中に家々が点在するように建っている。お隣さんまでの距離が遠い、田舎ならではの風景だ。


 石切り場が近くにあるのか、外壁に使われている花崗岩の積み石は一つ一つが大きく、外壁の背丈以上に圧迫感を与えてくる。それだけではなく、風化し表面が崩れた花崗岩の外壁はその年季の長さと同時にどこか寂しくも感じた。


「…?随分と畑は調子が良さそうですね…?調べた情報とは違っています…」


「そうなのですか?…確かに青々と茂っていますね。ここらの畑は豊かなのでしょうか」


 近くで馬を歩かせていたタルテとアデレードさんの声が聞こえた。確かに彼女達の言うとおり周囲の畑は豊かな実りを俺らに見せ付けるように風に揺らしている。


「ふむ。遠乗りももう直ぐ終わりと言う訳か。…流石にそろそろ疲労は感じてきたな。まさか馬車での移動が恋しくなるとは思わなかったぞ」


「殿下。もう暫しの辛抱です。…ですが、少しばかり羨ましいですね。初めて騎乗するものは大抵が擦過傷に悩むものなのですが…」


 例の上着を着ているためか、第三王子は初めての騎乗だというのに体を痛めることなく乗りこなしており、その姿を見て近衛の人間は流石は王子だと騒いでいる。だが、流石に飽きには勝てないようで、今となっては楽な馬車へと戻りたいらしい。


 長閑な田舎の風景が続いたが、街の中心部に向かえば密集したように立ち並ぶ家々が姿を現した。街として農地とそこに住む農家も外壁の内側に囲い込んでいるが、実質的に街として機能しているのはそこなのだろう。長閑な風景の中に唐突に現れる建造物郡…。まるで地価が安いからと田舎に建った大型ショッピングモールのようだ。


 気が付けば、足元には小さな正方形の石材が並ぶ通し目地の石畳が姿を現した。ヴィリデザルトの中心地とも言うべきそこは人通りも多く、賑やかな市場も開かれていた。しかし、人通りが多いといっても武装した騎兵の集団は目立つようで、周囲からは絶え間なく視線が注がれている。


「さて、もう少しの辛抱ですぞ。このまま領主の館に向かいますのでな」


「…大丈夫なんですか?あの襲撃者の正体は未だに不明なんですよね?」


「どの道、秘密裏に町に入るなど不可能なこと。どうやっても領主の耳には届きますから宿を取って隠れ潜んでも意味はありませぬ」


 俺は言外に領主もその一味なのではと俺は訪ねかけたが、後ろのおっさんは承知の上だと応えた。要するに街に着いたからと言っても油断はできないわけだ。それに今後の警備を考えるのであれば、どうしても領主の協力は必要になるため、ここは素直に領主館に向かうらしい。


 警戒心を抱く俺らとは裏腹に、馬達は指示されるまま足並みを乱すことなく領主館へと足を進む。長閑な農村地帯に賑やかな町並みが現れたと思っていたのだが、今度は回帰するように広大な緑の庭を備えた領主館が姿を現した。


 既に先触れの人間が発っていたため、庭の前に立つ門番は俺らの姿を認めると同時に姿勢を正しながら門を開く。そして誘われるようにその中へと俺らは進んでいった。


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