第473話 救援を救援する話
◇救援を救援する話◇
「殿下!急ぎすぎです!それでは体力がもちませんよ」
初めて十全に体を動かせるからか、第三王子は俺らを率先しながら山道を進んでゆく。まるでじっとしていられない子供が先を急ぐように先頭に立って先に進んでは、時折振り返って遅れて歩む俺らを待っている。
動けないと駄々をこねられるよりは断然マシなのだが、ペースを考えない第三王子の歩みにモルガンが苦言を呈する。それでも距離が離れるたびに立ち止まって俺らの到着を待つのだから、こっちと歩調を合わせる気持ちもあるようだ。
…豊穣祈願の儀式の最中に彼が歩いている姿を見たことはあるが、そのときはドスドスと足音を立てるような歩き方であった。しかし、今の彼の足取りは非常に軽やかなもので、以前の乱暴にも思えた足運びは肉体的に問題があったからなのだろう。
「ハルト、周囲は大丈夫?…敵は迫ってきていないんだよね」
「ああ。王子のやんちゃを止めないぐらいには静かなもんだ」
雨が止んだお陰で、俺は周囲の音を阻害されること無く拾うことができる。本来ならば追っ手が迫っている可能性のある状況で第三王子が警戒心無く歩むのは歓迎できないのだが、あまり恐怖心を与えるのも得策ではないだろう。
せっかく、ハベトロットの贈り物のお陰で恐怖心を忘れているのだ。あまり脅すようなマネをして怯えさせたくはない。モルガンに話を聞いたのだが、前回の襲撃の後は初めて命を狙われる事態になったせいか第三王子は身を縮めて恐怖していたらしい。
「問題は日没までに人里に辿り着くかですが…、最悪は野営を覚悟しないといけませんね」
「あの場所からかなり流されたからな。現在地は分からないが山裾は大分近いはずだ。…それに妖精が先に進むことを促したのなら、大抵はそれが正解だ」
「まさかこんな形で逸れるとは思わなかったからね。…近衛の人達も同じところを目指してくれてればいいんだけれど…」
この状況で俺らが取るべき選択肢は三つ。一つはその場に留まってひたすら救援が来るのを待つ。一般的には正しいとされる行為ではあるが、こちらを探しているであろう近衛や騎士団はヘリコプターを持っているわけでもないし、山岳救助隊のような訓練を受けているわけでもない。見つけ出されるにはかなりの時間を要することだろう。
二つ目は土砂崩れの起きた現場まで自力で戻り、そこから本隊に合流すること。これが叶えば一番手っ取り早いのだが、問題はそこに近付くことは襲撃者に遭遇する可能性も高く、また辿り着くまでにはかなりの距離を移動する必要があるということだ。
三つ目はこのまま山を下り最寄の人里に移動すること。これが俺らが選択した行動指針だ。ハベトロットの家があったように、ここらの森には人の手が入っている跡が残っている。崩落現場から流されたお陰で、俺らは当初の目的地であった峠を越えた先に近付いているのだ。
どの道、捜索をするのであれば近衛や騎士団も最寄の人里を拠点とするはずだ。だからこそそこまで辿り着く余裕があるのであれば、そこに至ることが最も合流できる可能性が高いはずだ。
「全員停止。…おい。誰か王子を引き戻してくれ」
その判断は間違っていなかったようで、人里に向かって移動していると俺の風に音が届く。警戒のために俺は全員の足を止めて、聞こえてくる音に向けて耳を澄ませた。…俺の耳に聞こえてきたのは人が作り出した音だ。
「どうした?何かあったのか?」
「王子様…。ちょっと静かにです…。ハルトさんは音を聞いていますので…」
第三王子は風魔法を用いた索敵の知識がないようで、興味深げに俺に話しかけてくるが俺はそれを無視して魔法に神経を割く。…聞こえてくるのは複数人の動き回るような足音に、剣を叩きつけるような剣戟音。…狩人の可能性もあるが、それにしては人数が多い。
「魔法で聞いているのか。そんなこともできるのだな」
「剣戟の音だ。ここからは慎重に移動するぞ。防音を施すが、姿は隠せないから過信しないでくれ」
「ジェリスタ王子とモルガン様は後ろに下がってくださいな。決して安易に動かないで下さいまし」
感心する第三王子に一言言葉を残して、今度は俺が先頭に立って足を進める。俺らの雰囲気が変わったからか、第三王子もモルガンも素直に頷いて忍び足で俺らの後についてくる。防音を施しているので足音や木々を揺らす程度の音ならば問題ないのだが、彼らはそこにも気を使って身を縮こまらせていた。
新緑の眩しい木々の合間を抜け、俺らは慎重に足を運ぶ。音の発生源に近付いたからか、第三王子の耳にも剣戟の音が聞こえ始めたようで、彼は怯えたように眉を顰めた。モルガンもそんな第三王子を後ろに隠すように一歩前に出る。
「…!?い、今の声はアデレードだ!アデレードが戦っている…!」
第三王子は怯えていたが、不意に聞こえた声に反射的に声を出した。その後、自分が大声を上げてしまったことに気付いて慌てて口を塞ぐが、防音を施しているのでその声が漏れる心配は無い。俺は第三王子の意見を肯定するように、静かに頷いて更に音の元に近付いてゆく。
「…見えたね。てっきりまだ襲撃者と争っているのかと思ったけど…、どうやら敵は魔物みたいだね」
「あれは…ギルドで注意していた魔物でしょうか…」
俺と肩を並べるようにして前方を覗き込んだナナとタルテがそう呟いた。俺らが覗き込む木々の合間の先には、同じく肩を並べるようにして戦っている近衛の姿があった。彼らが相手取っているのは弓使いの襲撃者ではなく、蟻の体に獅子の頭をもつ
獅子の顔と言っても、
「…見てくださいまし。どうやら毒にやられた者を庇っているようですわ。あまり戦況は芳しくないようで…」
「どうやら私達の出番みたいだね。…水気が多いから火魔法を使っても平気かな?」
近衛は対人に特化しているため、どうやら魔物相手は慣れていないらしい。第三王子が居るためここで戦闘が終わるまで待っても良いが、観戦に勤しむには少々問題がありそうだ。俺らは各々の武器を構え、その切っ先を魔物へと向けた。
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