第472話 妖精の贈り物

◇妖精の贈り物◇


「このケープは一体…?」


 第三王子は彼にケープを着させたハベトロットに尋ねかけた。ハベトロットはその疑問に微笑みで答え、俺に話すように目で合図した。俺はその視線に応え、ハベトロットが紡いだ糸で編んだ上着は、呪いや病気からの回復の魔力を持つことを皆に話した。


 その言葉を第三王子以上にハベトロットが嬉しそうに聞いている。幻想に塗れたささやかな存在である彼ら彼女らは、秘密主義であるくせに人に忘れ去られることを厭う。純粋に俺がハベトロットについてしっかりと記憶していることが嬉しいのだろう。


「それなら…!殿下の体質はこれで改善するのか!?」


「光魔力による体質不調は…魔力の偏りによる活性化の暴走ですから…効果はあるはずです…!それに…それを羽織った王子様は魔力の流れも安定していますので…体も動かしやすいのでは…?」


 俺の言葉にモルガンが食い気味に質問してくるが、タルテが代わりに答えてくれた。彼女も興味深そうにハベトロットのケープとそれによる第三王子の体質の変化を観察している。


 タルテ曰く、病弱な第三王子の体質は病原体を活性化させることと、免疫を過剰に活性化させることでアナフェラキシーショックに似た症状に陥っているそうだが、その活性の魔力の流れをケープが制御することで安定化させているらしい。


 更には偏った身体強化が肉体に掛かっていたために、普段は体の動きに違和感を感じている筈だが、それも改善すると…。タルテの説明を聞きながら、第三王子は体の各部を確認するように動かす。そして、それは間違いではなかったようで感激したように表情を綻ばせた。既に室内で十分に体を温めたとはいえ、そこには水に濡れて弱っていた者の姿は無い。


「ジェリスタ王子。体調はどうですか?どこかおかしなところは…」


「おかしなところ…?全てだ…!全てと言っていい!…ああ、アレが当たり前だと思っていたが、本当はこのようなものなのだな…!」


 嬉々として体を動かす第三王子にナナが声を掛ければ、第三王子は感激の様子をその身で表しながらはしゃいでいる。余りに無邪気に喜ぶため、ナナもメルルも微笑ましい表情で眺めている。


「…糸紡ぎ妖精、ハベトロット様。感謝いたします…」


「何言ってるんだい。あんたなら分かってるんだろう?…これが私の生き様で、存在意義さ。私は私のしたいようにしたに過ぎないのさ…」


 俺は喜ぶ第三王子を尻目にハベトロットに礼を言うが、彼女はさも当然のことをしたまでと明るく言い放った。ハベトロットの言うとおり、その行為自体が彼女の存在の骨子であり、その存在を世界に焼き付ける上で必要なことだ。


「…!?そ、そうだ。すまない。感激して礼を失してしまった。私からも礼を言おう。礼金は…妖精には意味が無いのか…?…ハルト殿。妖精にはどの様に礼をすればいいのだ?」


 俺が礼を言った言葉が聞こえたのか、はしゃいでいた第三王子がハベトロットに礼を言う。そして何か対価を渡そうとしたのだろうが、妖精が欲しがるものが分からず俺に尋ねかけてきた。…ここまでのやり取りで、俺が妖精に詳しいと判断したのだろう。


「王子。ハベトロットには対価は必要ない…です。…それは彼女が望んで貴方に授けたものなのだから」


「だが…それでは余りにも…。き、金銭ならば用意できるのだ!私は篭ってばかりで金を使わなかったからな…!」


「一部の妖精を除いて金貨は価値を持ちません。…それに過剰な礼は妖精が嫌うものだから、無理に押し付けるのもご法度です」


 施されるのが当たり前と考える貴族は多いものの、誰も成し遂げられなかった体質の改善をさせてみせたハベトロットに第三王子はどうしても何かしらの礼を示したいようだ。俺が対価は必要ないと言っても、それでは納得しないようで渋っている。


「…それじゃぁ坊や。端切れでいいから、たまに窓辺にそれを供えてくれるかい?あたしにはそれで十分だよ」


 第三王子の表情を見て、ハベトロットは苦笑しながら礼の品を要求する。第三王子はそんなものでいいのかと思案げな表情をするが、俺は過剰な礼は厳禁と釘をさす。それこそ、第三王子の財力ならば絹の反物を供えかねない。…それよりも、窓辺に供えろとはそういうことなのだろう。確かにハベトロットは一人で生きてゆく妖精ではない。


「さぁ、雨も止んだよ。…こんな所に来たってことは、旅路の途中に迷い込んだのだろう?あまりこんな所に長居するもんじゃないさ」


 ハベトロットは第三王子の背を押すようにして家の外に誘う。俺らも連れ立って外に出てみれば、雨は上がり谷底から見上げる狭い空の下でも雲間から光が降り注いでいる。周囲の雫を纏った木々はその光を乱反射し、まるで降り注ぐ日の光に歓喜しているようにも思えた。


 確かに襲撃者が迫ってきている可能性がある以上、あまりゆっくりとはしていられない。それに物資が無いこの状況では安易に待機するわけにもいかない。体調が回復したのならば直ぐにでも行動に起こすべきだろう。


「世話になったな。私はこのことを忘れないぞ」


「ああ、気をつけるんだよ。その布は怪我を直す足しにはなっても、防ぐことはできないんだからね」


 最後に王子はハベトロットに再度礼を言って日の下に躍り出る。彼は別れを惜しむように手を振りながら川辺の道を進んでいく。ハベトロットの一軒家から数歩ほど離れたところで、俺は何かを確かめるように後ろを振り返った。


 俺らが濡れた体を温めるために身を休めた一軒家は寂れており、朽ちて破れた扉からは家の中の様子も見て取れるが、そこにあったはずの織機の類は機能すると思えないほどに打ち捨てられていた。


「ハ、ハルト様…。あの…、ハベトロットはどうなったのでしょうか?」


 俺に釣られて後ろを振り返ったメルルが、あまりの変わりように慌てたように俺に尋ねてきた。あまりにも家が朽ちているものだから、ハベトロットが消えてしまったと思ったのだろう。


 …実際は朽ちた家をハベトロットが幻で繕っていたのだ。そして幻が解けた今はあそこにハベトロットは居ないわけだが、決して消滅したわけではない。この場に留まるつもりならば、第三王子に窓辺に布を供えるように言うはずはないだろう。いくら妖精でも移動する距離には限界があるはずだ。


「…心配するな。あいつ、付いてくるつもりだぞ。人の営みの側で息づく存在だから、ここは窮屈だったんだろ」


 俺はそう言いながら前方を歩く第三王子のケープを指差した。あれは、要するにのようなものだ。妖精が自ら作り出したケープだけあって、棲家にするには最適なのだろう。俺らの視線の先では、先程よりも幾分か存在感を増したケープが第三王子の体を包むように揺れていた。


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